7.幸せの魔法教授所

 コータが“幸せの魔法教授所”の入口を入ると、目の前にホープが立っていました。
「あっ、ホープくん」と、コータはうれしそうに言いました。
「好好。よくここまで来ましたね。ここでは、私が案内をいたします。まず、赤いリンゴと青いリンゴを一つずつ、受付に渡してください」
 見ると、入口の正面に受付の机があって、ホープと似たフクロウがいました。受付の左右にはろうかがあって、部屋の入口がたくさん並んでいました。
 コータは、受付の所に行き、リュックサックから“生きている幸せ”の赤いリンゴと“生きている不幸”の青いリンゴを取り出して、机の上に置きました。
「好好。よろしいです」と受付のフクロウが言いました。

「では、こちらへ」と言うと、ホープはピョンピョンはねて、受付に向かって左のほうに行きました。コータがあとをついて行くと、ホープは受付から四つめの部屋に入りました。
 コータが中に入ると、その部屋の真ん中にはテーブルをはさんで二つのイスがあり、右側の壁の前にはベッドが、左側の壁の前には机とイスがありました。正面には大きな窓があって、窓の横には出口がありました。窓の外には大きな木の幹が一部分だけ見えていました。
 ホープはテーブルの奥のイスの上に乗ると、
「こちらにどうぞ」と言いました。
 コータは、ホープの向かい側のイスに座りました。

「では、“幸せの魔法”について説明いたします。この教授所で、白いフクロウが幸せの魔法を教えてくれます。そのためには、自分が幸せになれる魔法を教えてくれるように、白いフクロウにお願いしなければなりません。ただし、その魔法ではその人は幸せになれないと白いフクロウが判断した場合には、教えてくれません」
(ボクが、幸せになれる魔法ってなんだろう?)と、コータは思いました。
「白いフクロウに教えてくれるようにお願いできる幸せの魔法は一つだけです。言い直しはできません。別の幸せの魔法をお願いするためには、この森の入口まで戻って、またここまで来なくてはなりません」
(えっ、一つだけ? でも、また来ればいいんだ)と、コータは思いました。

「最後に、もう一つ。幸せの魔法はたくさんあります。でも、一人の人が白いフクロウから教えてもらえる魔法は、一生で一つだけです。他の魔法は、自分で見つけなければなりません。以上です。よろしいですか?」
「えっ、一生で一つだけ?」
「ハオハオ、そうです」
「二つの魔法を教えてもらうことはできないの?」
「ハオハオ、そうです」
「もう一度、この森の入口から出直してもダメなの?」
「ハオハオ、そうです」
「ボクは、おばあちゃんの病気が治る魔法と、ボクが幸せになれる魔法を教えてもらいたいんです」
「ハオハオ、それはできません。どちらか一つを選んでください。それから、“ボクが幸せになれる魔法”と言っても、白いフクロウは教えてくれません。どうしたら自分が幸せになれるかを考えて、それを実現する魔法をお願いしてください」

 コータは困ってしまいました。
「では、この部屋でよく考えてください。何か聞きたいことがあれば、呼んでください」と言うと、ホープの姿はその場から消えてしまいました。
(え?! これって、魔法?)と、コータは思いました。

 コータは悩みました。
(白いフクロウに、おばあちゃんの病気が治る魔法をお願いしようか?自分が幸せになれる魔法をお願いしようか?)
(おばあちゃんがいなくなったら、本当にひとりぼっちになっちゃう)
(でも、おばあちゃんの病気が治っても、今までと何も変わらない。それでは、ボクは幸せになれない)
(そもそも、ボクはどうしたら幸せになれるんだろう?)
(“幸せになる”って、どういうことなんだろう?)
(わからない。だって、ボクは“幸せ”なんて感じたことがないんだもの)
(その前に、“幸せ”って、なんだろう?)
(どうしたらいいんだろう?)
(ホープくんに聞いたら、教えてくれるかなぁ? たぶん、自分で考えなくてはいけません、って言うんだろうなぁ)
(あっそうか。“幸せのモージャ”のおじいさんに聞いておけばよかった。あのおじいさんはあんなにたくさん“幸せ”をもっているんだから)
(どうしよう?)
(早くしないと、おばあちゃんが死んじゃう)
(やっぱり、おばあちゃんの病気を治す魔法を教えてもらおうか)

 コータは急にお腹がすいてきました。リュックサックの中にただ一つ残っていた“母親がいない不幸”の青いリンゴを取り出して食べました。
 眠くなってきたので、ベルトを外してナイフで十個めの×印をつけました。
 コータがそのままベッドの上に寝転がると、上のほうから「ハオハオ」という声がしたので、見ると、まっ暗な中に一羽のフクロウが浮かんで見えました。
 そのフクロウが言いました。
「あなたの“母親がいない不幸”についてお聞きしましょう。どう不幸なのですか?」
 コータは自分の“母親がいない不幸”について話し出しました。

「ボクにはお母さんがいないから、不幸なんです」「ハオハオ、そうですか」
「お母さんは、ボクが二歳の時に、病気で死んでしまいました」「ハオハオ」
「ボクは、お母さんのことは何も憶えていないんです」「ハオハオ」
「・・・」「ハオハオ、そうですか。では、おやすみなさい」
 そのフクロウは、いつのまにか消えていました。
 コータは、そのまま眠ってしまいました。

「コータ」と、呼ぶ声が聞こえました。
「コータ」と、もう一度聞こえたので、コータが声のほうを見ると、ベッドの横に、おばあちゃんがイスに座っていました。
「おばあちゃん!」とコータが言うと、おばあちゃんは微笑みながらゆっくりうなずきました。
「アタシは大丈夫だよ」
「本当?」
「ええ、本当よ。いいかい。アタシがいちばん望んでいるのは、“コータが幸せになれますように”ってことなんだよ。コータも流し船のお願いを見たでしょ?」
「うん。でも・・・」
 その時、「ハオハオ」という声がしたので見ると、おばあちゃんの隣にホープが立っていました。
「幸せの魔法はたくさんあります。でも、一人の人が白いフクロウから教えてもらえる魔法は、一生で一つだけです。他の魔法は、自分で見つけなければなりません」
「あっ、じゃあ、おばあちゃんの病気を治す魔法も見つけることができるの?」
「ハオハオ」
 いつのまにか、おばあちゃんとホープは消えてしまいました。

 次の朝、目覚めるとコータは心が決まっていました。
「ホープくーん!」とコータが呼ぶと、
「ハオハオ」という声がして、目の前にホープがパッと姿を現しました。
「ボク、決めたよ」
「ハオハオ、そうですか。では、白いフクロウの所へ行きましょう」と言うと、ホープはピョンピョンはねて、窓の横の出口から出て行きました。
 コータが後について外に出ると、目の前に大きな木の太い幹があり、見上げると空に向かってどこまでも続いているように見えました。
「わぁー」
 コータは、大きな木のパワーに圧倒されました。

「ハオハオ、少々お待ちください」と言うと、ホープは大きな木の上のほうへ飛んで行きました。
 ホープの姿が小さくなって、大きな木の葉が繁った緑の中に消えるのを、コータは見上げていました。すると、同じ場所から白いものが出てきたと思ったら、コータがいる所を目指して一直線に飛んできて、パッと翼を広げると、コータの目の前に白いフクロウが降り立ちました。続いて、ホープがコータのすぐ隣に降り立ちました。

「ハオハオ、よく来ましたね。さぁ、あなたが望む“幸せの魔法”はなんですか?」
と白いフクロウが言いました。
「あ、はい。あのー。“幸せを感じられる魔法”をボクに教えてください!」
「好!好! それはいい! とてもいい“幸せになれる魔法”です。わかりました。あなたにその魔法を授けましょう。少しお待ちください」
 そう言うと、白いフクロウは大きな木の上のほうに向かって飛んで行き、葉が繁った緑の中に白い姿が消えていきました。

 やがてふたたび、白いものが緑の中から飛び出すと、一直線に降りて来て、コータの目の前に白いフクロウが降り立ちました。
 見ると、くちばしに木の枝のようなまっすぐな棒をくわえていました。
 白いフクロウは、その棒を足元に置くと、ゆっくりと言いました。
「好好、いいですか。幸せになるためには、現実を変える方法と心を変える方法があります。“幸せの魔法”にも、“現実を変える魔法”と“心を変える魔法”があります。あなたが選んだのは“心を変える魔法”です」
 コータは黙ったまま、小さくうなずきながら聞いていました。

「魔法を使うためには、呪文を唱えます。でも呪文を知っても、すぐに魔法がうまく使えるわけではありません。魔法をちゃんと使えるように努力して、修得していかなければなりません。わかりましたか?」
「はい。練習をしなくちゃいけないんですね」
「好好、そうです。でも、特別な練習をするのではありません。あなたが生きていく中で実際に使いながら修得していけばいいのです。わかりましたか?」
「はい」
「好好。それでは、あなたが望む“幸せを感じられる魔法”の呪文を授けます・・・それは、“いいことはハオハオ”」
「いいことはハオハオ?」
「好好、そうです。でもまだ続きがあります・・・“いいことはハオハオ、悪いことはハオハオ”です」
「いいことはハオハオ、悪いことはハオハオ?」
「好好、そうです。幸せを感じられる魔法は、“いいことはハオハオ”だけでもいいのですが、あなたには“悪いことはハオハオ”もあったほうがいいでしょう」
「いいことはハオハオ、悪いことはハオハオ・・・?」
 コータはなんだかよくわからずに少し首をかしげました。

「好好、大丈夫。ここにこの魔法を修得するための巻物があります。これを読んで、しっかりと覚えてください。あとは、自分で使いながら身につけていってください」
と白いフクロウが言うと、ホープが白いフクロウの前に置いてある木の枝のような巻物をくわえて、コータのところに持ってきました。
 コータは、巻物を両手で受け取ると、
「ありがとうございました」と言い、白いフクロウにおじぎをしました。
「好好。あとはあなたしだいです。その魔法をちゃんと身につければ、きっと幸せになれるでしょう。がんばってください。では」
と言うと、白いフクロウは大きな木の上のほうへ飛んで行ってしまいました。

 コータは白いフクロウの姿が見えなくなるまで見上げていました。
「ハオハオ。では、こちらへ」と言って、ホープがピョンピョンはねて、今朝出てきた部屋に入って行きました。
 コータは巻物を持ったまま、ホープのあとについて部屋の中に入りました。
「ハオハオ。ちょっと貸してください」とホープは言うと、コータが持っていた巻物をくわえると、そのままスーと宙に浮き、窓に向かって飛んでいきました。窓の上のあたりに少し止まっていたと思うと、またスーと離れて戻ってきました。
 その時、上の窓枠の所に残った巻物が、シュルシュルと回転しながら下に開き、ボンと開ききって止まりました。
 その巻物には、次のように書いてありました。

 『いいことは好!好! 悪いことはハオハオ』

   修得の心得え
    一.試してみろ
    二.違いを感じろ
    三.上達を目指せ
    四.自分で工夫しろ
    五.魔法と自分を信じろ

      注意事項
       魔法の呪文を誰にも教えてはならない。
       人に教えると命はないもの思え。

「いいことはハオハオ、悪いことはハオハオ」
 コータは声を出して読みました。
「“ハオハオ”が違うんだね。どう違うの? ホープくん」
「ハオハオ、そうですね。いろいろな違いがあります。というよりも、“ハオハオ”はいろんな使い方ができるということです。いろんな場合に、いろんな使い方ができて、いろんな役に立ちます。それを自分で経験しながら身につけていくことが大切なのです。とりあえずは、“言い方が違うと、感じ方が違う”と思ってください。“いいことは好!好!”の“ハオハオ”はうれしそうな感じがしませんか?」
「あー、そう言えば・・・。でも、“ハオハオ”って“いい”っていう意味だって、前にホープくんが教えてくれたよね」
「ハオハオ、そうです」
「だったら、“悪いことはハオハオ”は“悪いことはいい”になっちゃうでしょ。どうして悪いことがいいの?」
「ハオハオ、そう考えるのはもっもとなことです。“悪いことはハオハオ”の“ハオハオ”は、“そういうこともある”ということだと思えばいいでしょう。理想としては悪いことはないほうがいいのですが、現実にはいいこともあれば悪いこともあるのです。“悪いことがあってもいい”“しかたがない”“そういうこともある”ということです」
「ふーん、・・・」

「いいことはハオハオ、悪いことはハオハオかー。本当にこれが“幸せを感じられる魔法”なの?」
「ハオハオ、それはこれからあなたが修得していく中で実感すればわかることでしょう。元々は、“いいことは好!好!”が幸せを感じられる魔法で、“悪いことはハオハオ”は不幸を軽くする魔法です。この二つを合わせることで、より強力な幸せになれる魔法になっているのです。まずは、この森の中で試してみることです。“不幸の森”では主に“悪いことはハオハオ”の使い方を学べるでしょうし、“幸せの森”では主に“いいことは好!好!”の使い方を学ぶことができるでしょう」
「ふーん」
「とにかく今は、この巻物に書いてあることをしっかりと覚えてください。この巻物は教授所の外に持ち出すことはできません。白いフクロウに返さなければなりませんから」
「えっ、持って帰っちゃいけないの?」
「ハオハオ、そうです」
「じゃあ、すぐにぜんぶ覚えなくちゃいけないんだ」と、コータは巻物を見直しました。

 『いいことは好!好! 悪いことはハオハオ』

   修得の心得え
    一.試してみろ
    二.違いを感じろ
    三.上達を目指せ
    四.自分で工夫しろ
    五.魔法と自分を信じろ

      注意事項
       魔法の呪文を誰にも教えてはならない。
       人に教えると命はないもの思え。

「修得の心得え・・・。ふーん。ホープくん、“修得の心得え”って説明してくれる?」
「ハオハオ。これは説明の必要はありませんね。これから試していく中で、意味がわかるでしょう。それが本当にわからなければ魔法は身につきませんから」
「それじゃあ、注意事項の“命はないものと思え”って死んじゃうってこと?」
「ハオハオ、そういうことです」
「ふーん」
 コータは五つの修得の心得えを、声に出して読んだり、一つ一つを何度も繰り返して口の中で言ってみたり、目を閉じて言ってみたりして、いっしょうけんめいに覚えようとしました。

「ハオハオ、失礼します」
 受付のほうの入口からホープくんと似たフクロウが入ってきて言いました。
「“不幸のリンゴ”の用意ができました」
「ハオハオ、そうですか」とホープは言うと、コータのほうを向いて言いました。
「もう、よろしいですか? しっかり覚えましたか?」
「うん、大丈夫だと思うよ」
「ハオハオ、そうですか。では、試してみましょうか」
 ホープはそう言うと、もう一羽のフクロウのほうを向いてうなずきました。
 そのフクロウもうなずくと、窓のほうにスーと飛んでいき、巻物を外して一度ベッドの上に広げると、クルクルと巻いてしまいました。

「ハオハオ。では、巻物に書いてあったことを言ってみてください」と、ホープがコータに言いました。
 コータは目を閉じて、大きい声で言いました。
「いいことはハオハオ、悪いことはハオハオ。それからー、修得の心得え。イチ、試してみろ。ニ、違いを感じろ。サン、上達を目指せ。ヨン、自分で工夫しろ。ゴ、魔法と自分を信じろ。それでー、注意事項。魔法を人に教えてはいけない。教えると命はない」
「ハオハオ、いいでしょう。では、行きましょうか」と言うと、ホープはピョンピョンとはねて、受付のほうの出口から出て行きました。
 それと同時に、もう一羽のフクロウは巻物をくわえて、窓の横の出口から出て行きました。
 コータは、あわててリュックサックを手に持つと、ホープのあとを追って部屋から出て行きました。

 コータがホープのあとについて受付の所に行くと、机の上に青いリンゴが六つ置いてありました。
「ハオハオ。これがあなたに配給される帰りの“不幸のリンゴ”です」とホープが言いました。
「ふーん、そうか、そうだよね。帰りの分もないと帰れないもんね。“貧しい不幸”に、“母親がいない不幸”に、“忙しい不幸”に、“寂しい不幸”に、“ひどい父親をもった不幸”に、“生きている不幸”か」
 コータは、一つ一つリンゴに書いてある“不幸”を確認しながら、リュックサックの中にしまいました。
「ハオハオ。では、行きましょうか」と言うと、ホープは“ハオハオの森入口”と上に書いてある出口から出て行きました。
 コータもあとについて外に出ると、そこはまた緑の深い森の中でした。

「ハオハオ。何か聞きたいことはありますか?」
「うーん・・・本当にボクにも魔法が使えるようになる?」
「ハオハオ。誰でも努力をすれば使えるようになるでしょう。でも、はじめからできないと思っている人には難しいでしょう」

 その時、バサッバサバサバサバサという音が上のほうで聞こえ、コータが見ると、大きな鳥が北のほうに向かって飛んで行きました。よく見ると、その鳥の背中には人が乗っていました。
「あれは?」
「ハオハオ。誰かが“好好の魔法の木”に登って、その中で“ギブアップ”したのでしょう。オオタカがこの森の外まで運んでいるのです」
「え? あの白いフクロウがいる大きな木に登る人がいるの?」
「ハオハオ、いますよ。あの木の中に“幸せの魔法”の巻物があるという話がどこからともなく広がってしまうのです。ふつうの人は信じませんが、中にはそれを信じて、自分で登って探そうとする人がいるのです。同じように、“幸せの魔法”の巻物を持っている人がいたとしたら、きっとそれを狙う人が現れるでしょう。ですから、巻物は持って帰らないほうがいいのです」
「ふーん。そうなのか」

「さっきの魔法の話だけど、フワッと宙に浮いたり、パッと消えたりする魔法って、ボクにもできる?」
「ハオハオ、その魔法の呪文を知り、できると信じて練習を続ければできるようになれるでしょう。でも、人間には難しいかもしれません。そういうことはできないと頭から思い込んでいる人がほとんどですから。この森のフクロウの中にも、信じることができずに魔法を使えないものもいますけど」
「ふーん」
「ハオハオ。では、しっかりと魔法修得の努力をしながら行ってください」と言うと、ホープは翼をまったく動かさずにフワッと宙に浮いて、パッと消えてしまいました。


    『幸せの魔法』目次

ハオハオの森

幸せのホームページ