1.コータの旅立ち
三子山(みつごやま)のふもとの村に、コータという少年が、おばあちゃんと二人で住んでいました。
コータのお母さんは、コータが二歳の時に、病気で亡くなりました。お父さんは、コータが五歳の時に、酒に酔い川に落ちて、おぼれて死んでしまいました。
それからは、働き者のおばあちゃんがパンを焼いて、それを村の人たちに売りながら、コータを育ててくれました。
コータもおばあちゃんのお手伝いをよくしました。村人の家に焼きたてのパンを届けによく行きました。
村の人はみんな、「コータは、いい子だ」と言って、いつもほめてくれました。
ところが、コータが十二歳の時、おばあちゃんが重い病気にかかってしまいました。
おばあちゃんが熱をだして寝ているベッドのそばで、近所の人たちが集まって話をしていました。
「これはプーハオ病だ」
「あの? この村で十年に一人がかかると言われている?」
「そうだ。間違いない。十年前のあの時と同じだ」
「ということは、あと二十日ぐらいしか、もたないのか」
そこで急に、みんな話をやめてしまいました。部屋の入り口のところで、コータが聞いているのに気づいたからでした。
コータは、今にも泣きだしそうな顔をしていました。
少しの沈黙のあと、一人が話し始めました。
「プーハオ病を治す魔法があるそうだ。この村から、南へ三日ほど歩いた所にある“ハオハオの森”に棲む白いフクロウが、その魔法を教えてくれるそうだ」
「その魔法の伝説は私も聞いたことがある。でも、その魔法を教えてもらいに行っても、“ハオハオの森”の中で迷ってしまって、二十日間では戻って来られないということだよ」
「そうなんだ。白いフクロウの所までたどりつけない人も多いし、“ハオハオの森”に行ったっきり戻って来なかった人もいるんだ」
「“ハオハオの森”の魔法の伝説には、もう一つ話があるのを知ってるかい?」
「いや」「知らない」「私も」
「実は“ハオハオの森”の白いフクロウは、誰でも幸せになれる魔法も教えてくれるらしいんだ」
「えっ、本当?」
「でも、幸せになれる魔法を教えてもらったと言う人は、いないんだ」
「なぁんだ」
「でも、伝説が残っているということは、本当は幸せになれる魔法を教わった人もいるんじゃないかって思うんだけど」
その時、部屋の入り口の所に立っていたコータが言いました。
「ボク、その森に行こうかな?」
それを聞いた近所の人たちは、
「えっ、本当に?」「大丈夫?」「でも、えらいなー」「ほんと、勇気がある」「大したもんだ」「やっぱり、コータはおばあちゃん思いのいい子だ」とコータをほめました。
コータはすっかりその気になって、
「やっぱり、ボクが行くしかないんだ」と言いました。
感心した近所の人たちが言いました。
「じゃあ、うちのポニーを貸してあげよう」
「うちで作ったチーズを持ってお行き」
「それならうちは、ポニーのエサのニンジンを出そう」
「おばあちゃんのめんどうは、ちゃんと私たちがみるから」
話はどんどん進んで、コータはあしたの朝、“ハオハオの森”に旅立つことになりました。
近所の人たちが帰り、家の中は急に静かになりました。
コータは、物置き部屋に入って、旅に持っていく物を探しました。お父さんの物をしまった箱の中に、リュックサックと水筒があるのを見つけました。
リュックサックの中に、おばあちゃんがきのう焼いたパンのかたまりを二つ入れました。
コータは、おばあちゃんが静かに眠っているのをたしかめてから、灯りを消してベッドに入りました。でも、なかなか眠れませんでした。
次の朝、外が明るくなると、コータはすぐに目がさめてしまいました。
ベッドから出て、おばあちゃんを見に行くと、まだ眠ったままでした。
自分のベッドの所に戻り、かけていた毛布をきちんと丸めて、細いロープでしばりました。
次に、自分の革のベルトとナイフを持ってきて、ベッドの上に座りました。きのうの夜、眠る前に考えたことをやろうと思ったのです。ベルトにナイフでななめにキズを入れ始めました。一つ一つかぞえながら、二十本のキズを入れました。そして、最後にいちばん端のキズの上に×(バツ)印になるように一本のキズを加えました。
ナイフを革のサックにしまい、そのサックの穴をベルトに通してから、ベルトをしました。
それから、コータはバケツと水筒を持って外に出ました。きのうの夜まで降り続いていた雨はあがっていました。
近くにある井戸の所に行き、水をくんでバケツと水筒に入れました。
家に戻ると、となりの奥さんが野菜スープを持ってきてくれました。
でも、おばあちゃんはまだ眠ったままで、目をさましそうにありませんでした。
コータは、野菜スープと家にあったパンを食べました。
食べ終わると、となりの奥さんが言いました。
「おばあちゃんのことは、私がついているから、心配しないで。コータはがんばって、あと十九日以内に帰ってくるのよ」
「うん、ボクがんばる。きっと間に合うように戻ってくるよ」とコータは答えました。
コータは、リュックサックと水筒と毛布を持って、家から出て行きました。
コータが家から出てくると、村人がたくさん集まっていました。
そこへ近所のおじさんがポニー(小さい馬)をつれてやってきました。
「コータ、このポニーに乗って行け。これならおとなが歩くよりずっと速いから、きっと間に合うぞ」
近所のおばさんは、大きいチーズのかたまりを二つ抱えてやってきました。
「コータ、このチーズを少しずつ、けずってお食べ。ちょっとかたいけど、長もちするからね」
コータは二つのチーズをリュックサックに入れました。
もう一人のおじさんが大きい袋を持ってやってきました。
「コータ、これはポニーのエサのニンジンだ。ポニーは草も食べるけど、ニンジンも食べたほうがいいんだ」
ポニーの背中には、座れるように、くらが乗せてありました。
二人のおじさんが、くらの前のほうの左側にリュックサックと水筒を、右側にニンジンの入った袋をしばりつけてくれました。
コータは、くらのうしろに毛布をしばりつけました。
一人のおじさんが、遠くを指さして言いました。
「あそこに小さい山が見えるだろう。この道をこのまま南へ行くと、あの山に登る道があるから、その道を登って行くんだ。山を二つ越えると、草原があって、その先に川が流れている。その川の向こう岸が“ハオハオの森”だ」
コータは黙って肯きました。
「“ハオハオの森“の奥に、まわりの木の何倍も高い、大きな木がある。その木に魔法を教えてくれる白いフクロウが棲んでいるそうだ」
「うん、わかった」と言って、コータはポニーにまたがりました。
「じゃあ、行ってきます」とコータが言うと、まわりの村人からたくさんの声がかかりました。
「がんばれよ」「しっかりね」「早く戻ってくるんだよ」
「えらいぞ、コータ」「やっぱりコータはおばあちゃん思いのいい子だ」
コータを乗せたポニーがゆっくりと歩きだしました。
「がんばるんだよ」「迷わないようにね」「ちゃんと帰ってくるんだよ」
「ばんざーい、ばんざーい」と言って、バンザイをする人たちもいました。
コータは、とても誇らしい気もちになりました。
コータを乗せたポニーは、“ハオハオの森”を目指して、走りだしました。
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ハオハオの森
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