10.好好の森

 コータが“好好の森(幸せの森)”の中へ行こうと前を見ると、少し先の道の上に赤いリンゴをたくさん積んだ荷車が置いてありました。
(もしかしたら、“幸せのモージャ”のおじいさんかもしれない)と思い、コータは小走りで荷車に近寄って行きました。
 でも、そこに座っていたのは小太りのおじさんでした。
(なーんだ、“金(かね)のモージャ”のおじさんか)
 コータはちょっとがっかりしました。

 そのおじさんは、コータに気づくと立ち上がって言いました。
「コータくんかい?」
「あ、はい」
 コータは驚いて、立ち止まりました。
「やっぱりそうか。きのう、“幸せのモージャ”のじいさんに頼まれたことがあって、待ってたんだよ」
「え、なんでしょうか?」
「うん、じいさんからキミにリンゴを渡すように頼まれたんだ。この中からどれでも、三つ持ってっていいよ。金はいらないよ、じいさんからもらってあるから」
(どうしようかなー)
 コータは迷いましたが、赤いリンゴの山を見ているうちに、“幸せのモージャ”のおじいさんの幸せを味わってみたくなりました。
「じゃあ、これ」と言って、一つの赤いリンゴを取り上げました。そのリンゴには、“働き者の奥さんがいる幸せ”と書いてありました。
「あと二つは?」
「いえ、これ一つでいいんです」
「そうかい、オレはかまわないけど」
「どうもありがとうございました」
「うん。でも、礼なら、じいさんに言いなよ」
「あ、はい。では」
 コータはおじぎをして、歩きだしました。

「ちょっと待った」
 “金のモージャ”のおじさんがコータを呼び止めました。
「え、何か?」
 コータが振り返ると、おじさんは言いました。
「その腰のベルトにつけているナイフのことなんだが。思い出したんだよ。昔よく似たヤツを見たことがあるんだ」
「本当にこれですか?」
「ああ、その手に持つ柄のところの模様と、そのサックに見覚えがあるんだ。たぶん、それは手作りだろう。そんなにあるものじゃないと思うよ」
「で、いつ頃見たんですか?」
「うん、たぶん十年ぐらい前だと思うんだが、三十前ぐらいの男が持ってたんだ」
「ふーん、そうですか」
「いや、ちょっと思い出したから言ってみただけだ。たまたま似たナイフを持ってただけかもしれないな」

 コータは“金のモージャ”のおじさんと別れて歩いていました。
「よー、コータ」
 突然、声をかけられて、コータはびっくりしました。
「あ、ハウッチさん」
「“さん”はいらないよ。ところで、歩きながら何を考えてたんだい?」
「え、まぁ、ちょっと」
「そうか、まぁ何でもいいけど、魔法のほうは使えるようになったのかい?」
「いえ、まだ」
「だから言ったんだよ。白いフクロウはウソツキなんだって。魔法なんてあるわけないだろ」
「でも、ボク、“不幸の森”の中では、行きより帰りのほうがずっとラクだったんです。少しは幸せのようなこともあったし」
「それは、“慣れ”の問題だろ。誰だって初めての時は大変で、二度めのほうがラクなのは当たり前だよ」
「それもあると思うんだけど、・・・たぶん、ボクはまだ魔法の使い方がヘタなんだと思う。これからもっと練習すれば上達してうまく使えるようになるんじゃないかと思うんだ」
「しょうがないな。そのうちにわかるさ。いくら練習したって、できないことはできないってことが。だって、オレがそうだったんだから。まぁ、この森の出口まではもう少しあるから、やるだけやってみるんだな。そのかわり約束は忘れるなよ。コータが魔法を使えるようにならなかったら、教わった魔法の呪文をオレに教えるんだぞ。じゃあな」
 そう言うと、ハウッチは森の中に飛んで行ってしまいました。

 コータは“好好の森”の中の道を歩いていました。
 すると、さわやかな風が吹いてきました。
(好好、気もちいいなぁ)
 そして、空を見上げて、
(いい天気だなぁ、好好)
(あ、小鳥が鳴いている、好好)
(森の緑がきれいだなぁ、好好)
(こういう所を歩くのは気もちがいいなぁ)
 そんなふうに思い、コータは少し幸せな気分になれたような気がしました。

 しばらく歩くと、芝生におおわれた広場がありました。
 横の道を歩いていると、広場の中から四十歳ぐらいの身体のがっしりした男の人が小走りに近づいてきました。
(あ、“遊びのモージャ”だ)
「よー、いっしょに遊ばないかい?」
「すみません。ボクはちょっと急ぎますから」
「きょうは遊び相手がいなくて、誰かくるのを待ってたんだよ」
 その時コータの目に、広場の端っこの芝生の上に座って、本を読んでいる男の人が見えました。
「あそこに本を読んでいる人がいるじゃないですか」
「ダメだよ。あれは“勉強のモージャ”さ。ずっと本ばかり読んでるんだ。いくら勉強したって、勉強したことを役に立てなきゃ意味がないのにね。だったら、遊んでいるほうがずっと幸せだと思わないかい?」
「あ、はい、そうかもしれません」とコータは言いましたが、
(遊んでばかりいてあきないのかな? それで本当に幸せなんだろうか?)と思いました。
「ごめんなさい。ボクは早く家に帰らないといけないんで」
「あ、そう。じゃあしょうがないから、ひとりで遊ぶか」
「えっ、ひとりで遊んでおもしろいんですか?」
「おもしろいさ。ひとりで遊ぶ方法だってたくさんあるんだ。特に、森の中にはおもしろいことがいっぱいあるんだよ。大勢で遊ぶ楽しみもあれば、ふたりで遊ぶ楽しみもあれば、ひとりで遊ぶ楽しみもあるんだ。いつだって、遊びを工夫すれば楽しむことはできるんだよ」
「ハオハオ、さすがモー(ジャ、じゃなくて)遊びの達人ですね」
「まぁな。じゃあ、きょうは森の中へ行ってひとりで遊ぶことにするよ」
 そう言うと“遊びのモージャ”は、森のほうへスキップをしながら行ってしまいました。
(ふーん、こんな人もいるんだ、ハオハオ)と、コータは思いました。

 コータが横を見ると、“勉強のモージャ”が芝生の上にうつぶせになって本を読んでいました。
(そう言えば、行きの時にはここで昼寝をしたら、朝まで寝ちゃったんだったけ。そうか、あの時は前の夜にお腹がすいて眠れなかったから寝込んじゃったんだ。きょうは眠くないから、ちょっとだけ休もうか)
 そう思うと、今度もまた芝生の上で仰向けに寝転がりました。
(あー、身体がラクで気もちがいいなぁ、好好)
(あー、空が青いなぁ、好好)
(草の匂いがする、好好)
 手足をいっぱいに伸ばして、あくびをしました。
(気もちいいなぁ、好好)
 コータはゆっくりと眼を閉じました。

「あっ、また寝ちゃった」
 コータは飛び起きました。
(でも、まだ明るいから、・・・ハオハオ、まぁいいか)
(それにすごく気もちよかったし、好好だ)
 コータは、リュックサックを背負って歩き出しました。

(風が気もちいいなぁ、好好)
(緑の森の中を歩くのは気もちいいなぁ、好好)
 歩きながらまた、気分好くなってきました。

 そのうちに、陽が暮れてきました。
 コータは、眠りやすそうな平らで草のはえた場所を探し、毛布をしいて座りました。
 リュックサックの中から、“母親がいない不幸”の青いリンゴを取り出してかじりました。
(ちょっとすっぱいけど、さわやかな甘さがあって、けっこうおいしいなぁ、好好)と思いました。
 リンゴを食べ終わると、ベルトを外してナイフで十四個めの×印をつけると、毛布にくるまって横になりました。

「ちょっと聞いてください」
 宙に浮かんだコータの上半身が話しだしました。
「ボクにはお母さんがいないから、不幸なんです」「ハオハオ」
「お母さんは、ボクが二歳の時に、病気で死んでしまいました」「ハオハオ」
「友達にはみんなやさしいお母さんがいて、すごくうらやましかったんです」「ハオハオ」
「友達がお母さんと仲良くしているのを見ると、悲しくなってつらかったんです」「ハオハオ」
「それにボクは、お母さんのことは何も憶えていないんです」「ハオハオ」
「・・・」
 宙に浮かんだコータの上半身はゆっくりと消えてしまいました。

(ハオハオ、しかたがないんだ、病気で死んでしまったんだから)
(ハオハオ、お母さんがいる人はそれだけで本当は幸せなんだなー)
(でも、ボクにはとてもやさしいおばあちゃんがいたんだ、好好だ)
(二歳の時だから何も憶えていないのもしかたがない、ハオハオ)
(ところで、お母さんは何の病気で死んだんだろう? ボクは“病気で”としか聞いてなかった)
(わかるわけないよなー、二歳だったんだもの。二歳かー、もう十年も前だもの)
(十年前? もしかして、十年に一人がかかる“プーハオ病”?)
(十年前? もしかして、このナイフを持ってこの森に来たのは、お父さん?)
(“十年ぐらい前に三十前ぐらいの男が来た”って、“金のモージャ”のおじさんが言ってた)
(十年前だったら、お父さんは、・・・二十七歳だ)
 それからコータは、あれこれと考えてしまい、なかなか眠れませんでした。

 あまり眠れないまま、コータは朝を迎えました。
 でも、(とにかく早く帰らなきゃ)と思い、出発しました。
 歩いていると、つい、母親と父親のことを考えてしまいました。
(お母さんは十年前にプーハオ病で死んだのかもしれない)
(十年前にこの森にこのナイフを持って来たのはお父さんかもしれない)
(だとしたら、お父さんはプーハオ病を治す魔法を白いフクロウに教えてもらいに来たんだ)
(でも、きっと間に合わなかったんだ)
(もしかしたら、お父さんはプーハオ病を治す魔法を白いフクロウに教えてもらったのかもしれない)
(そう言えば、お父さんは酔っぱらうと、「ハオハオ」とか「プーハオ」とか言っていたような気がする)

「ホープくーん!」
 コータは空に向かって呼びました。
「ハオハオ」と声がして、見るとホープが目の前に立っていました。
「何か聞きたいことがありますか?」
「うん、“プーハオ”って、どういう意味?」
「ハオハオ。それは“プハオ”のことですね」
「プハオ?」
「ハオハオ。言い方によっては“プーハオ”と聞こえるかもしれません」
「で、どういう意味なの?」
「ハオハオ。“プ”というのは“でない”という否定の意味です。“不可能”とか“不自然”の“不”を“プ”と読みます。“ハオ”は“好好”の“好”ですから、“いい”という意味です。つまり“プハオ(不好)”は“よくない”とか“悪い”という意味です」
「ふーん、じゃなくて、ハオハオ、そうなんだ。だったら、“プーハオ病”は“悪い病気”っていうことなのか・・・」

「ねぇホープくん、“プーハオ病”を治す魔法ってあるんだよねぇ?」
「ハオハオ、あると聞いたことがありますが、私は知りません」
「そうなんだ、ホープくんでも知らないんだ・・・」

「ねぇホープくん、他の魔法は自分で見つけることができる、って前に言ったよね?」
「ハオハオ、そう言いました」
「だったら、“プーハオ病”を治す魔法も見つけることができる?」
「ハオハオ、うーん・・・不可能ではありません。実際にその魔法を見つけた者がいるから伝えられているのです。でも、現実を変える魔法を見つけることは難しいのです。呪文を教えてもらっても修得するのが難しいのですから。自分で呪文を見つけることは、初心者にはまず・・・すみません、ガイドがこんなことを言ったら不好でした」

「好好、いいですか。新しい魔法を見つけるためには、一生懸命に自分で工夫をすることです。工夫を続ければ、見つかる可能性はあるのです。それを不可能と思う者には見つからないでしょう。自分と魔法を信じて、努力を続ければ、いつかは見つけることができるのではないでしょうか」
「ハオハオ、やっぱり難しいんだね。でも、“自分で工夫する”ことと、“自分と魔法を信じる”ことが大事なんだよね」
「好!好! そのとおりです」
「うん、わかった。ボク、おばあちゃんの“プーハオ病”を治す魔法を見つけられるように一生懸命に自分で工夫してみるよ」
「好好、それはとても素晴らしいことです。でも、その前に白いフクロウに教えてもらった“幸せを感じられる魔法”を修得したほうがいいでしょう。一つの魔法をちゃんと修得できれば、自分と魔法を信じられるようになれて、他の魔法も使えるようになりやすいからです」
「好好、わかった。とにかく一生懸命にやってみるよ」
「好好。では、頑張ってください」
 そう言うと、ホープはパッと姿を消しました。

 コータは歩きながら、“幸せを感じられる魔法”の練習をしました。
 明るい緑の森の中を歩いていると、少し幸せな気分になれるようになってきました。
 途中から道の横を、小川が流れていました。
(川を流れる水の音も、なんか好好だなぁ)と思いました。
 ある所で、川面に太陽が反射してコータの顔を照らしました。
(好!好! きれいだなー)と思い、コータは川辺に下りていきました。
 川の水に手をつっこんでみると、冷たくて気もちよく感じられました。
 コータは両手でそっと水をすくうと、ゴクリゴクリと飲みました。
(あー、おいしい、好!好!)
 今度は両手で水をすくって、顔を洗いました。
(あー、気もちいい、好!好!)
 リュックサックから水筒を出すと、フタをあけて川の水の中に沈めました。ブクブクと空気の泡が出てきて、水が水筒の中に入っていきました。
 水筒の中が水でいっぱいになると取り出し、今度は水筒からゴクゴクゴクゴクと水を飲みました。
「あーー、うまい! 好!好!」とコータは声に出して言いました。

 しばらく歩くと、きれいな池がありました。池の中には、所々に薄紅色の蓮の花が咲いていて、水面には水鳥が浮かび、水中にはコイが泳いでいました。
 向こう岸のつきだした所にあるベンチの上に、太ったおじさんが横になっているのが見えました。

 コータの所に女の人が歩いて近づいてきました。
(あ、“美のモージャ”だ)とコータは思いました。
“美のモージャ”の三十歳ぐらいの女の人はコータのそばまで来て、向こう岸を見て言いました。
「またあの怠け者がベンチの上で寝ているのよ。知ってる? あれは“休みのモージャ”なのよ」
「(ハオハオ)そうなんですか。“休みのモージャ”ですか」
「あの人は、ゆっくり休んでいられるのがいちばん幸せだと思ってるのよ」
「(ハオハオ)そういう人もいるんですね」
「何もしないでずっと一人でいるなんて、退屈でしょうがないのにね。私はもっとみんなの中で輝いていたいの。あの美しいオシドリのように」
 女の人は池のほうを見ました。
「(好好)本当にきれいですね。それにまわりに仲間もたくさんいますね」
「そうでしょう。私は今に魔法ですごく美しくなって帰って、みんなを驚かせたいの」
「(ハオハオ)そうなれるといいですね。では、ボク、急ぎますから」
 そう言ってちょっと頭を下げると、コータは美しい池から離れて歩いて行きました。

 コータは歩きながら、また“幸せを感じられる魔法”の練習をしました。
 明るい緑の森の中を歩いていると、けっこう幸せな気分になれるようになってきました。
(でも、これが本当に幸せなのかなぁ?)
(どうしたら、本当に幸せになれるんだろう?)
 こんなふうに思ってしまうこともありました。

「おい、コータ」
 どこからか、呼ぶ声が聞こえました。立ち止まってまわりを見回しましたが、誰もいませんでした。
「こっちじゃよ、コータ。上じゃ、上じゃ」
 コータが顔を上に向けると、すぐそばの木の太い枝の上に“幸せのモージャ”のおじいさんが座っていました。
「あっ、おじいさん!」
 コータは内心(好好と)ちょっと喜びました。
「うん。コータもここへ上がってこんかな?」
「あ、はい」
 そう言うと、コータはその木に登り、おじいさんのすぐとなりに座りました。

「ここで何をしてるの?」
「うん、いい景色を眺めておったんじゃ」
 コータが前を向くと、正面に濃い緑の三子山(みつごやま)がくっきりと見えました。
「あ、三子山だ。ボク、あの山のふもとの村に住んでるんだよ」
「そうか、そうか」
「あっそうだ。赤いリンゴをありがとうございました」
「そうか、そうか。もらってくれたんじゃな」
「はい、“働き者の奥さんがいる幸せ”のリンゴを一つもらいました」
「そうか、あれか。うーん、あれはちょっと恥ずかしいのぉ」
 “幸せのモージャ”のおじいさんは、少し照れたように笑いました。

「ボク、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、おじいさんに」
「そうか。それはなんじゃな?」
「あの、幸せってなんでしょうか?」
「ほう、それはすごく難しくって簡単な問題じゃなぁ」
「えっ?」
「うん、幸せとは何かという答えはたくさんあるじゃろう。いろんな人がいろんな考えをもってていいんじゃ。でもな、自分にとっての幸せは簡単じゃ。自分が幸せを感じられるものは、すべて自分にとっては幸せなんじゃよ」
「(ふーん、じゃなくて)好好、そうか!」

「でも、どうしたらおじいさんみたいに、たくさん幸せを感じられるの?」
「そうじゃのぉ、まず大切なのは素直な心じゃ。自分の幸せに気づいた時には、余計なことを考えずに、素直に幸せを感じればいいんじゃよ」
「(好好)素直な心だね」
「うん。大丈夫、コータは素直ないい子じゃから、もっと幸せを感じられるようになれるじゃろう。ワシはな、ちょっとでもいい感じがした時には、心の中で“幸せじゃなぁ”って言うようにしているんじゃ」
「(好!好!)“幸せだなぁ”って言うといいんだね」
「そうじゃ。ワシはなぁ、今こうしてコータといっしょにいられて、“幸せじゃなぁ”って思っているんじゃよ」

 その時、今まで雲に隠れていた太陽が顔を出し、西の空を赤紫色に染め、夕陽が二人を照らしました。
「いい景色じゃのぉ。幸せじゃなぁ」
「(好!好!)本当に、幸せだなぁ」
 コータは、本当に幸せを感じられたと、はじめて思いました。

「さぁ、暗くならないうちに、寝るしたくでもするかな」
“幸せのモージャ”のおじいさんは、座っている枝に結んであるロープをほどきました。すると、枝の下に毛布のようなものでできたハンモックがぶら下がりました。
 コータも木から下りて、草の上に毛布をしき、リュックサックの中から、“働き者の奥さんをもった幸せ”と書かれた赤いリンゴを取り出しました。
 上を見ると、“幸せのモージャ”のおじいさんが赤いリンゴをかじりながら、コータに向かって笑いました。
「いっただっきまーす」
 コータは赤いリンゴをかじりました。甘い汁が口の中いっぱいに広がりました。
(好!好! おいしい!)
 コータはとても甘いリンゴを、よく味わいながら食べました。
(好好、幸せだなぁ)と思うと、幸せな気もちになれました。

 ドサッという音が上のほうから聞こえ、コータが見ると、ハンモックから“幸せのモージャ”のおじいさんが顔を出しました。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
 おじいさんは、またハンモックの中に隠れてしまいました。
 コータは、ベルトを外してナイフで十五個めの×印をつけてから、毛布にくるまって横になりました。

 女の人が立っている後ろ姿が見えました。台所で料理をしているようです。
 その女の人が振り返って言いました。
「あなた、ご飯ができましたよ」
 その女の人の顔は、コータのおばあちゃんによく似ていました。
(おばあちゃんの若い時だ)と、コータは思いました。
 女の人は大きなお皿を持ってこっちへ歩いてきて、目の前のテーブルの上に置きました。お皿の中には、野菜がたくさん入った、お肉も少し入ったおいしそうな料理が入っていました。テーブルの上には、パンと野菜スープがありました。
 おばあちゃんらしい女の人は向かい側のイスに座り、食べたり、しゃべったり(コータには声は聞こえませんでした)、笑ったりしていました。
(幸せそうだなぁ、好好)とコータは思いました。

(でも、どうしておばあちゃんが出てくるんだろう)
(もしかしたら、“幸せのモージャ”のおじいさんはボクのおじいちゃん?)
(でも、ボクが想いつく女の人は、みんなおばあちゃんに似た人になっちゃうのかもしれないな)
(ああ、ボクもいつか素敵な女の人と結婚して、幸せになりたいな)とコータは思いました。
 コータは幸せな気もちのまま、いつのまにか眠ってしまいました。

 次の朝、コータが起きると、木の枝の下にハンモックは見えず、“幸せのモージャ”のおじいさんはもういなくなっていました。
 コータは“好好の森”の出口に向かって歩き出しました。

 コータは歩きながら、幸せを感じられる魔法の練習をしました。
 ちょっとでもいい感じがした時には、(好!好! 幸せだなぁ)と思うようにしました。
 花が咲いていたら、(好!好! 幸せだなぁ)。
 小鳥が鳴いていたら、(好!好! 幸せだなぁ)。
 さわやかな風が吹いてきたら、(好!好! 幸せだなぁ)。
 美しい景色が見えたら、(好!好! 幸せだなぁ)。
 そのうちに、コータはとても幸せな気分になってきました。
(明るい緑の森の中を歩けるのは、幸せだなぁ、好!好!)と思いました。

 しばらく歩くと、“幸せリンゴ配給所”が見えてきました。
「よー、コータ」
 声がするほうを見ると、すぐそばの木の枝にハウッチがとまっていました。
「あ、ハウッチ・・・」
 ハウッチは、ピョンとはねると、コータの目の前に降り立ちました。
「どうだい、魔法は使えるようになったのかい?」
「あ、はい、少しは」
「そうか。やっぱり魔法をマスターできなかったんだな。じゃあ約束通り、コータが白いフクロウから教わった魔法の呪文をオレに教えるんだぞ」
「え? 少しは使えるようになったんですよ」
「ダメだよ、少しじゃ。ちゃんと使えるようにならないとダメに決まってるだろ」
「そんなこと言っても、そんなに急には上達できないですよ。でも、ボク、少しずつ上達してるって自分で感じてるんです。もう少しで自分と魔法を信じられそうなんです」
「信じるのは勝手だけど、この森の出口までに魔法をちゃんと使えるようにならなかったんだから、約束は守ってもらうよ」
「え、ボク、そんな約束してないです」
「あーあ、コータもウソツキだ、あいつらといっしょなんだ」
 コータは困ってしまいました。

 その時、「ハオハオ」という声が少し離れた所から聞こえてきました。コータとハウッチが声のほうを見ると、建物の入口の前にホープが立ってこちらを見ていました。
「あーあ、ウソツキでおせっかいなのが出てきたよ。もういいよ。じゃあな」
 そう言うと、ハウッチは森の中へ飛んで行ってしまいました。
 コータはホッとして、ホープの所へ歩いて行きました。

「ホープくんのおかげで助かったよ。ハウッチにウソツキとか言われて困ってたんだ」
「ハオハオ、そうですか。ハウッチは悪いヤツじゃないんだけど、疑り深くてね」
「(ふーん、じゃなくて、ハオハオ)そういう人もいるんですね」
「ハオハオ。自分も魔法も信じられないから、魔法をちゃんと使えるようにならないうちにあきらめてしまったんです」
「自分と魔法を信じることが大切なんだよね」
「好好。ハウッチもいいかげんなわけじゃないんです。どちらかというと完璧主義の所があって、すぐにうまくできないとイヤになってしまうのでしょう」
「そうなんだ。少しずつ上達を目指せばいいのにね」
「好好、そのとおりです。コータさんはだいぶ上達したようですね」
「そう言ってもらえてうれしいんだけど、まだまだだよね」
「好好、それでいいのです。では、中に入ってまた復習をしましょうか」
「うん、そうするよ」
 ホープとコータは建物の中に入って行きました。



   

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ハオハオの森

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