11.“プーハオ病を治す魔法”の呪文

 “好好の森”の出口にある“幸せリンゴ配給所”で、コータはホープに案内された部屋の中に入り、テーブルをはさんでホープと向かい合って座りました。
「ハオハオ、ではお聞きします。あなたはこの森の中で“幸せの魔法”を試してみましたか?」
「はい。ずっと練習しました」
「好好です。では、違いを感じましたか?」
「はい。この森の中をひとりで歩いている時には、けっこう幸せを感じられるようになりました」
「好好、それはよかったですね」

「でも、おばあちゃんの“プーハオ病”を治す魔法がわからないんです。このままでは、早く帰ってもおばあちゃんを助けることができません」
「ハオハオ。希望をなくしてはいけません。自分と魔法を信じるのです。そのためには、もう少し“幸せを感じられる魔法”が上達できたほうがいいですね」
「ハオハオ、わかったよ。ボク、ここでまたちゃんと復習するよ」
「好好、それがいいでしょう。では今度は、この旅の出発から今までのことを振り返ってみてはどうでしょうか。また、この森の中で食べたリンゴのこと、そして出会った人たちのことも考えてみるといいでしょう。幸せと不幸について理解することは、心を変える魔法を修得するために役立つのです」
「うん、そうするよ。いっしょうけんめいに復習してみるよ」
「好好。何か聞きたいことがあったら、呼んでください。では」
 ホープはパッと姿を消しました。

 コータは真剣に復習をしました。
 おばあちゃんが“プーハオ病”にかかり、“ハオハオの森”への旅を始めたこと。
 ポニーが山の途中で歩かなくなり、引っ張って歩いたこと。
 ポニーに乗って、川を渡るのがすごく怖かったこと。
 ポニーが疲れ切ってしまい、ひとりで森の中に入ったこと。
 赤いフクロウのところで、幸せを感じたことがなかったのに気づいたこと。
 持ってきたパンにカビがはえてしまい、目の前がまっ暗になったこと。
 お腹がすいて、つらくて、もうダメかと思ったこと。
 赤いリンゴが道に落ちていて助かったこと。それも二日続けて。
 青いフクロウのところで、自分の不幸をはっきり知ったこと。
 分かれ道で迷って、すごく困ったこと。
 丸木橋がすごく怖くて、はって渡ったこと。
 コータは一つ一つの出来事とその時に思ったこと、感じたことを想いだしながら、“いいことは好!好! 悪いことはハオハオ”という呪文を使って、よく考え直してみました。

 白いフクロウに“幸せを感じられる魔法”を教わったこと。
 幸せのモージャのおじいさんが作ってあったハンモックの中で寝たこと。
 丸木橋を歩いて渡れたこと。
 “幸せを感じられる魔法”を練習しながら、三子山を目指して歩いたこと。
 幸せのモージャのおじいさんと、木の枝の上に並んで座って、夕焼けを見たこと。
 コータはいろんなことに気づきました。
 また、“いいことは好!好! 悪いことはハオハオ”と考えることで、心の中が変わることを実感しました。

 お腹がすいてきたので、コータはリュックサックの中から“ひどい父親をもった不幸”のリンゴを取り出してかじりました。青いリンゴのさわやかな甘さをじっくりと味わって食べました。
 ベルトを外してナイフで十六個めの×印をつけると、ベッドの上に横になりました。
(やっぱりベッドは気もちいいなぁ)
 腕と脚をいっぱいに伸ばして、大きなあくびをすると、
「好!好! 幸せだなぁ」と声に出して言いました。

「ちょっと聞いてください」
 宙に浮かんだコータの上半身が話しだしました。
「ボクが不幸なのは、ひどい父親をもったからなんです」「ハオハオ」
「お父さんは、三子山の木を切ったり、切った木で家を造ったりする仕事をしていたそうです」「ハオハオ」
「でも、ボクが二歳の時にお母さんが病気で死んでしまってからは、お酒を飲んでばかりいて、働かなくなってしまったんです」「ハオハオ」
「だから、ウチは貧乏になってしまったんです」「ハオハオ」
「お酒を飲んで酔っぱらうと、時々、大きい声で叫んだり、暴れたりしたんです」「ハオハオ」
「おばあちゃんに暴力を振るったこともあって、ボクも突き飛ばされたことがあって、すごく怖かったんです」「ハオハオ」
「だから、ボクはお父さんを怒らせないように気をつけて、ビクビクしてばかりいたんです」「ハオハオ」
「でもボクが五歳の時に、お父さんは酔っぱらって大声で叫びながら家を出て行って、川に落ちておぼれて死んでしまったんです」「ハオハオ」
「それでウチはおばあちゃんと二人だけになっちゃったんです」「ハオハオ」
「友達にはみんなやさしいお父さんがいて、いっしょに遊んでいるのが、すごくうらやましかったんです」「ハオハオ」
「ウチが貧しかったのも、ボクが忙しかったのも、寂しかったのも、ボクが不幸になったのはみんなお父さんのせいなんです」「ハオハオ」
 コータは黙って「ハオハオ」と聞いていましたが、心の中に怒りが湧いてきてたまりませんでした。そして、悲しくなって涙があふれてきました。

「もう一度聞いてください」
 宙に浮かんだコータの上半身はそう言うと、今度はさっきよりも少しゆっくりと話しだしました。
「ボクが不幸なのは、ひどい父親をもったからなんです」「ハオハオ、そうなんです」
「お父さんは、三子山の木を切ったり、切った木で家を造ったりする仕事をしていたそうです」「好好、そういう時もあったんだ」
「でも、ボクが二歳の時にお母さんが病気で死んでしまってからは、お酒を飲んでばかりいて、働かなくなってしまったんです」「ハオハオ、お母さんが死んでしまったのはしかたがないんだ、病気だったんだから。たぶんプーハオ病だったんだ。それでお父さんは“ハオハオの森”に来て、白いフクロウにお母さんの病気を治す魔法を教えてもらおうとしたんだ。でもきっと、間に合わなかったんだ。それからお父さんは変わってしまったんだ」

「だから、ウチは貧乏になってしまったんです」「ハオハオ。お父さんはなんで働かなくなってしまったんだろう?」
「お酒を飲んで酔っぱらうと、時々、大きい声で叫んだり、暴れたりしたんです」「ハオハオ。お酒を飲んだからいけないんだ。でもなんでお酒を飲んでばかりいたんだろう? “プーハオ病を治す魔法”が間に合わなかったから、自分のせいでお母さんが死んでしまったと思ったのかもしれない」
「おばあちゃんに暴力を振るったこともあって、ボクも突き飛ばされたことがあって、すごく怖かったんです」「ハオハオ、って思えないよ。お酒のせいだとしても、暴力は絶対に許せない」
「だから、ボクはお父さんを怒らせないように気をつけて、ビクビクしてばかりいたんです」「ハオハオ、ほんとうに怖かったんだ。だから、ボクは臆病になってしまったのかもしれない」
「でもボクが五歳の時に、お父さんは酔っぱらって大声で叫びながら家を出て行って、川に落ちておぼれて死んでしまったんです」「ハオハオ。あの夜のことは今でも憶えてる」

 コータはその時のことを思いだしました。
(お父さんとおばあちゃんが台所で、すごいケンカをしてたんだ。そのうちに、ガターン、ガチャーンという大きい音が聞こえてきた。ボクが台所に行って見ると、テーブルがひっくり返っていて、お皿がわれて床の上に散らばっていた)
(その時、お父さんが大声で叫んだ。「プーハオはハオハオだ!」)
(お父さんは外に出て行って、帰って来なかった)
 宙に浮かんだコータの上半身は、いつのまにか消えていました。

(“プーハオはハオハオ”? プーハオ病はハオハオ、しかたがないってこと?)
(違う、反対だ! プーハオ病は好好、よくなる、ってことだ!)
(やっぱりお父さんは、白いフクロウからプーハオ病を治す魔法の呪文を教えてもらったんだ。それは、「プーハオは好好」なんだ!)

 コータは起き上がってベッドから出ると、
「ホープくん」と、テーブルのほうに向かって呼びました。
 すると、テーブルの向こう側のイスの上に、ホープがパッと現れました。
「ハオハオ、まだ夜ですけど、どうかしましたか?」
「うん、ボク、“プーハオ病を治す魔法”の呪文がわかったんだ。お父さんが言ってたのを想い出したんだよ」
「ハオハオ、そうですか」
「だから、早く家に帰りたいんだけど、・・・。でも、その魔法が本当に効くかわからなくて、・・・」
「ハオハオ、そうですね。病気を治す魔法は試したり練習したりできませんからね。それに、コータさんがそのような気もちでは、魔法の力は現れないかもしれませんね」
「え、どうして?」
「ハオハオ。それは自分と魔法を信じていないからです」
「(ハオハオ)そうか。自分と魔法を信じなくちゃダメなんだった。自分ができないと思うことはできないんだよね」
「好好」
「わかったよ。ボク、もっと“幸せを感じられる魔法”を練習するよ。そうすれば、もっと自分と魔法を信じられるんだよね」
「好!好! そのとおりです」

「でも、“プーハオ病を治す魔法”の呪文が違ってたらどうしよう」
「ハオハオ、・・・。これは私の考えなのですが、呪文よりも心が大切なのです。本当は、誰にでも自分が知らない能力がたくさんあるのです。それを引き出しやすくするのが呪文です。呪文は、自分の心を集中し、自信をもって魔法のような力を発揮させるために役立つのです。魔法の力は、呪文にあるのではなくて、自分自身にあるのです。ですから、自分が信じた呪文を使えばいいのだと思います」
「ふーん、じゃなくて、ハオハオ、そうなんだ」
「ハオハオ、はっきりしたことが言えなくて申し訳ありません。でも、心が大切なのは確かです。特に病気を治す魔法の場合には、相手への愛の心があれば、きっと通じるでしょう。それは、自分の力だけでなく、相手の力も引き出すでしょう。病気を治す力は誰もがもっているものなのです。ですから、自分と魔法を信じて、強い愛の心をもって使えば、きっと魔法は効くと思います」
「好好、よくわかったよ。ホープくん、ありがとう」

 コータは、またひとりで復習を始めました。
 今度は、この森の中で食べたリンゴについて想いだしました。
 道に落ちていた“風を感じる幸せ”と“散歩を楽しむ幸せ”の赤いリンゴ、“貧しい不幸”“忙しい不幸”“ひどい父親をもった不幸”“寂しい不幸”“母親がいない不幸”の青いリンゴ、幸せのモージャのおじいさんからもらった“働き者の奥さんがいる幸せ”の赤いリンゴ。
 一つ一つのリンゴを食べて、感じたことや思ったことを想いだして、“幸せを感じられる魔法”を使いながら、よく考え直してみました。

 それから、この森の中で出会った、金のモージャ、美のモージャ、遊びのモージャ、たぶん不幸のモージャ、分かれ道で迷っていた男の人、丸木橋の所にいた女の人、勉強のモージャ、休みのモージャ、そして、幸せのモージャのおじいさんのことを想いだして、幸せについてよく考えてみました。
 また、赤いフクロウ、青いフクロウ、白いフクロウ、ハオハオと話を聞いてくれたフクロウ、ハウッチ、そして、ホープくんとのことを想いだして、いろいろと考えました。

 コータはいろんなことに気づきました。そして、幸せと不幸についてわかったことがありました。“いいことは好!好! 悪いことはハオハオ”と考えることで、幸せになれそうな気がしてきました。

 コータは、自分のベルトをテーブルの上に置くと、×印を一つ一つ指さしながら数えました。×印は十六個ありました。
(ここまで来るのに、家を出発してから二日とちょっとかかったんだっけ。でも、来る時にはポニーがいたからなぁ。ポニーは、きっとどこかに行ってしまったか、ひとりで村に帰ってしまったんだろうな)
(近所のおじさんが歩いて三日かかるって言ってたな・・・。もっと復習したいけど、もう帰らなくちゃ)

「ホープくん!」と、コータは呼びました。
「ハオハオ。復習のほうはもうよろしいのですか?」
「うん、早く帰っておばあちゃんのプーハオ病を治さなくちゃ。復習は帰る途中でもするし、魔法の練習はずっと続けていくよ」
「好好、それがいいでしょう。では、行きましょうか」
 ホープはピョンピョンはねて部屋を出て行きました。コータもリュックサックを持ってあとに続きました。

 ろうかを少し行くと、“ハオハオの森出口”がありました。
 ホープは出口の前で立ち止まりました。
「ハオハオ。ではここで」
「うん、ホープくん、いろいろありがとうございました。ボク、幸せになれそうな気がしてきました」
「好好、それはよかったです。でも、コータさんにはこれから幸せなこともあるでしょうが、不幸なこともあるでしょう」
「“いいことは好!好! 悪いことはハオハオ”だよね」
「好好、そうです。幸せなことは“好!好!”と素直に感じて、不幸なことは“ハオハオ”と受けとめて、できるだけ幸せに過ごせるようになってください。もうダメだと思うようなことがあったら、私を思いだしてください」
「うん、ホープくんのことは忘れないよ」
「好好、そう言っていただけてとてもうれしいです。私の名前の“ホープ”には“希望”という意味があります。どんな時にもあきらめずに、希望をもって頑張ってください。そうすればきっと道は開けます」
「好好、そうだよね。この森の中でも“ギブアップ”しなかったから、白いフクロウに魔法を教えてもらえたんだよね。それは、ホープくんと“幸せのモージャ”のおじいさんのおかげだって、ボク、復習をしていてわかったんだ」
「好好、そうですか。そういうことがわかるのは、コータさんの幸せになる能力が高くなったということで、それだけ“幸せの魔法”が上達したということです。えらいですね、コータさん」
「好!好!」
 コータは、すごくうれしくて、幸せな気もちになれました。

「じゃあ、ボク、帰ります。ホープくん、さようなら」
「好好。コータさんの幸せを、この森の中からずっと祈っていますから。では、お気をつけて」
 コータは、“ハオハオの森”の出口を出て行きました。



   

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ハオハオの森

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