13.幸せのモージャ

 コータと“幸せのモージャ”のおじいさんが森の中をしばらく歩くと、細い道に出ました。
「もう大丈夫じゃ。ここまでは盗賊たちも追ってはこんじゃろう」
 コータはやっとホッとして、おじいさんの横に並んで歩きだすと、言いました。
「ボク、おじいさんが助けに来てくれるって思ってたんだ」
「そうかー」
 おじいさんはうれしそうに笑いました。
「うん、ボクをきっと助けに来てくれるって」
「そうか。すまんのう、遅くなって。見張りがいてなかなか近づけんかったんじゃ。やっと昼寝をはじめたもんでな」
「そうだったんだ。他の盗賊たちは?」
「ああ、まだ道の反対側の森の中で幸せのリンゴを一所懸命に探しとるんじゃろ。たくさんばらまいといたからのう」

「ボク、帰る前におじいさんにどうしても会いたかったんだ。会って言いたいことがあって」
「ほう、そうか。そりゃなんじゃな?」
「ボク、おじいさんにたくさんお礼が言いたかったんです。おじいさんが赤いリンゴをくれたから、ボクは白いフクロウの所に行って帰ってこれたんです。行きの“幸せの森”で道の上に、“風を感じる幸せ”と“散歩を楽しめる幸せ”の赤いリンゴを、ボクのために置いてくれたんだよね。おじいさん、ありがとう」
“幸せのモージャ”のおじいさんは、微笑みながら黙って肯きました。
「それから帰りにも、“働き者の奥さんがいる幸せ”のリンゴをありがとう。きのうの夜の、たぶん“かわいい子供がいる幸せ”のリンゴもありがとう」
 おじいさんは照れたように笑いました。
「それから、丸木橋の前で、“大丈夫”って教えてくれてありがとう」
「それから、“不幸の森”の中で、ボクの“ひどい父親をもった不幸”と“寂しい不幸”のリンゴを、半分食べてくれてありがとう。だから、不幸な感じが半分ですんだんだよね」
 おじいさんは、うれしそうに大きく肯きました。
「それから、幸せを感じるためには“素直”が大事だって教えてくれてありがとう。ボク、“幸せだなぁ”って時々思えるようになったよ」
 おじいさんは、また大きく肯きました。
「それから、きょう、ボクを盗賊の所から助けてくれてありがとう。きのうも、きょうも、森の中に赤いリンゴをたくさんばらまいて歩いてくれたんだよね・・・」
 そう言うと、コータの目にたまっていた涙があふれて流れ落ちてきました。
“幸せのモージャ”のおじいさんの目にも涙が浮かんでいました。

「おじいさん、いっぱいありがとう。でもどうしてそんなにやさしいの?」
「うーん、そうじゃのう・・・“おせっかいじゃから”と、ふだんなら言いそうなところじゃが、コータには真剣に答えようかのう」
 おじいさんは歩くのをやめてコータのほうを向き、コータも立ち止まっておじいさんのほうを向きました。
「人にやさしくするのは、自分が幸せになるためじゃ。人を幸せにすることは、自分の幸せになるんじゃ・・・ちょっと難しいかのう?」
「人を幸せにすることは自分の幸せ?」
「そうじゃ・・・。コータはおばあちゃんの病気が治って元気になったらうれしいじゃろ?」
 コータは黙って肯きました。
「おばあちゃんが幸せになってくれたらうれしいはずじゃ。おばあちゃんもきっとコータの幸せを願っておるじゃろう。ワシもコータの幸せを願っておるんじゃ。じゃから、今、コータがたくさん“ありがとう”って言ってくれた時、ワシはすごくうれしくて、“幸せじゃのう”って思ってたんじゃ」
 コータも今、(幸せだなぁ)と思っていました。

「自分が好きな人を幸せにすることは、自分の幸せになるんじゃ」
「(好好)そうなんだ。じゃあ、おじいさんはボクのこと、好きっていうこと?」
「ああ、好きじゃよ」
「(好!好!)ボクもおじいさんのこと、大好きだよ」
 おじいさんは、うれしそうに笑うと、また歩きだしました。コータも小走りに追いついて、また並んで歩きだしました。

「ねぇ、どうしておじいさんは“モージャ”になっちゃったの?」
「そうじゃのう。はじめは、すごく幸せになりたかったからじゃろうなぁ。じゃから、最初の頃は白いフクロウに“すごい幸せ”とか“永遠の幸せ”とか“真実の幸せ”とかを手に入れる魔法を教えてくれるように頼んだんじゃ。でも、みんな白いフクロウにことわられたんじゃ」
 コータは、黙っておじいさんの話を聞きながら歩いていました。
「それから、そう、八回めに白いフクロウの所に行った時じゃった。ワシは“人を幸せにする魔法”を教えてくれるように頼んだんじゃ。すると、白いフクロウは『それは素晴らしい』と言って、あの大きな木の中から巻物を持ってきたんじゃ。それでワシに、こう言ったんじゃ。
『“人を幸せにする魔法”を使えば使うほど、幸せになりたい人が集まってきます。その人たちを幸せにしてあげる覚悟がありますか?』って。
 ワシはすごく悩んでしまい、結局、その魔法の巻物を受け取らなかったんじゃ。あの時に魔法を教えてもらっておったら、ワシはこの森を出て、“セージャ”になっておったじゃろう」
「“セージャ”?」
「そうじゃ。これは、あとでガイドのフクロウに聞いたんじゃが、“ハオハオの森”の中には“モージャ”と呼ばれる者がいるが、世の中には“セージャ”と呼ばれる者がいるそうじゃ」
「“セージャ”って、どんな人?」
「“モージャ”は幸せを強く求める者で、“セージャ”は幸せをたくさん与える者じゃ。“金(かね)のセージャ”は金を世のため人のために使い、“美のセージャ”は多くの人を喜ばせ、“学問のセージャ”は人類の幸せに貢献し、“愛のセージャ”は多くの人に愛を与えるんじゃ」
「(好!好!)“セージャ”ってすごいんだね」

「でも、どうしておじいさんは“幸せのセージャ”にならなかったの?」
「ワシぁ、“セージャ”って柄じゃないからのぉ。ワシはもっと気ラクに、のんびりと幸せに暮らせればいいんじゃ。気が向いた時にだけ、人を幸せにするおせっかいをしたいんじゃよ。じゃから、ただの幸せ好きのじいさんでいいんじゃ。“モージャ”って呼ばれてもかまわんのさ」
(ふーん、じゃなかった、好好。そういうのもいいのかなぁ)とコータは思いました。

「おじいさんには、働き者の奥さんとかわいい子供がいるんでしょう?」
「ああ、そうじゃよ」
「だったら、“セージャ”にならなくてもいいから、帰ればいいんじゃないの?」
「それもよかったかもしれんがのぉ、・・・“ハオハオの森”の中の暮らしが好きなんじゃよ。この森の中では、たくさんの人の幸せと不幸を知ることができて、ワシの“幸せのリンゴ”は少しずつ増えていくんじゃ」
「そうか、だからあんなにたくさんの“幸せのリンゴ”があるんだね」
「そうじゃよ。それに、白いフクロウも赤いフクロウも青いフクロウも、いい話し相手じゃしな。幸せについていろんな話をするんじゃ。誰か人が来るとワシは隠れて、フクロウと人のやりとりを聞いておるんじゃ。森の中でもハンモックの中で多くの人の、いろんな話を聞いておるしな。コータが森の中で寝た時も、何度かはすぐそばの木の上のハンモックの中にいたんじゃよ」
「えっ、そうだったんだ」

「ねぇ、おじいさんの仕事は何だったの?」
「ああ、ワシは木こりじゃったんじゃ」
「そうなんだ。だから、木登りも、ハンモック作りも、木を切るのもうまいんだね。ボクのお父さんも木こりだったんだよ」
「そうか、そうか。で、コータは何になりたいんじゃ?」
「ボク、まだわからない」とコータは答えましたが、(木こりもいいな)と思いました。

 二人で歩きながら話をしているうちに、森の終わりが見えてきました。
「じゃあ、この辺でワシは戻ることにするよ」と言うと、おじいさんは立ち止まりました。
 コータも歩くのをやめて、おじいさんに向かって言いました。
「おじいさん、本当にありがとうございました。おじいさんのことはずっと忘れないよ」
「そうか、そうか。ワシもコータと会えて本当によかったよ。コータが幸せになることを、この森の中から祈っておるからのう」
「うん、ありがとう」
「いいか、コータ。魔法にあまり頼らんほうがいいぞ。魔法なんて使わなくても、幸せにはなれるんじゃからな」
「うん、おじいさんのようにね」
「そうじゃ。じゃあ、ばあさんによろしくな」
「うん、すごく幸せなおじいさんに助けてもらったって、ボク、おばあちゃんに話すよ」
 おじいさんは、ニッコリ笑うと、大きく肯いてから振り向いて、森の中のほうへゆっくりと歩いて行きました。
 コータは、おじいさんの姿が木の陰に隠れて見えなくなるまで、黙って見送りました。


   

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