14.我が家を目指して

 コータは、“幸せのモージャ”のおじいさんと別れて、おばあちゃんが待つ我が家を目指して、森の中を歩きだしました。少し行くと森は終わり、目の前に川が現れました。遠くに見える三子山を目安に、コータは川岸を上流に向かって歩きました。
 どこかに橋はないか、船はないか、歩いて渡れそうな場所はないか、そしてポニーはいないかと、探しながら歩きましたが、どれも見つかりませんでした。
 やがて、見覚えのある所に出ました。コータがポニーに乗って川を渡った場所です。そして、近くの木の枝を見ると、チーズが入った袋がぶらさがっていました。
 でも、いくら見回しても、ポニーの姿はどこにも見えませんでした。
「あーあ、やっぱりひとりで帰っちゃったんだ」と、コータはつぶやきました。
 西の空を夕陽が赤く染めていました。

(ハオハオ、しかたがない。それにホープくんが言ってた。最後まで希望をもたなくちゃいけないって)
 コータが木の枝から袋を外すと、それはずっしりと重く、チーズの大きいかたまりが入っているのがわかりました。
(好好、よかった)
 川原に行き、リュックサックから毛布を取り出すと、リュックサックの中にリンゴが二つと水筒とナイフが入っているのが見えました。
(好!好! よかった)

 コータは草の上に毛布をしいて座りました。
 まだお腹はすいていませんでしたが、チーズをナイフでちょっと削って食べてみました。
 口の中にチーズの味と感触と香りが広がりました。よくかむと、今まで感じたことがない豊かな味がしました。
(好好、おいしいなぁ)
 コータは、水筒の水を飲みながら、お腹が少しふくらむまでチーズを食べました。
「あー、おいしかった」
 あたりはだんだん暗くなってきました。

 コータは、ベルトを外してナイフで十七個めと十八個めの×印をつけてから、毛布にくるまって横になりました。
(あと二日で家に帰れるかなぁ?)
(わからないけど、いっしょうけんめいに急いで帰ろう)
(その前に、どうやってこの川を渡ろうか?)
(川幅がせまい所は流れが速いし、流れが遅い所は川幅が広いし、どうしよう?)
 コータはほとんど泳げないのでした。顔を水面から出したまま平泳ぎをするのですが、少しでも顔に水がかかるとあわてて泳ぐのをやめて、顔を手で拭ってしまいます。水が目や鼻や口の中に入るとパニックになってしまうのです。
(明日は力の限り泳ごう。顔に水がかかってもハオハオ、目が痛くてもハオハオ、鼻が痛くてもハオハオ、水を飲んでもハオハオ、とにかく向こう岸にたどりつくまで泳ぎ続けるんだ。苦しくても少しずつ前に進めば、いつかはたどりつくんだ。ハオハオ、大丈夫、大丈夫)
 コータは寝たまま星空を見上げて、(好!好! きれいだなぁ)と思いました。
 しばらく夜空を眺めながらいろいろ考えていましたが、いつのまにか眠ってしまいました。

 朝、コータは温かい湿ったもので、ほほをなでられて、びっくりして目をあけました。
 すると、目の前にあったのはポニーの顔でした。
「あー、まだいたんだ」
 コータは飛び起きると、ポニーの首に抱きつきました。
「ありがとう。待っててくれたんだね」
 コータはポニーの首からはなれると、今度はポニーの額をなでました。
「あー、よかった。好!好! これで、川も渡れるし、きっと間に合うよ」

 コータは、また毛布の上に座ると、チーズを食べ始めました。
 食べながらポニーを見ると、元気がないように感じました。それに、前よりもやせたように見えました。
「そうか、お前もお腹がすいてるんだね」
 コータはリュックサックから、“生きている幸せ”の赤いリンゴを取り出すと、ポニーに食べさせました。コータはポニーをじっと見ていましたが、笑いながら言いました。
「やっぱり、翼ははえてこないよね。あれは夢だったんだもの。でも、ボク、すごくうれしいよ。お前がボクの所に戻ってきてくれて」
 翼ははえてきませんでしたが、ポニーは赤いリンゴを食べて元気になったように見えました。

 コータは荷造りをして、リュックサックを背負うと、ポニーにまたがりました。
「よし、帰ろう! じゃあ、川を渡るから頼んだよ。お願い」
 そう言って、コータがポニーの首元を軽くたたくと、ポニーは川に向かって歩きだしました。
 コータを乗せたポニーはゆっくりと川の中を歩いて行きました。だんだん川が深くなってきて、コータの足も水につかりました。
 水面が目の前にせまってきて、コータは怖くなってきました。
(怖くても、ハオハオ、大丈夫、大丈夫)
(この前は渡れたんだ。大丈夫、大丈夫)
(ボクはお前を信じてるよ。好好、大丈夫、大丈夫)
 すると、水面が下がってきました。ポニーはずっと歩いているのが伝わってきていました。
(この前より川の水が減ってるんだ。好!好! よかった)
 ポニーは、そのまま歩き続けて川を渡りきってしまいました。
(やったー、渡れた! 好!好!)
 コータを乗せたポニーは、そのまま歩いて川原から草原に入りました。
「よし、行こう!」とコータが言うと、ポーニーは緑の草原の中を元気よく走り出しました。
(好!好! これなら間に合うぞ)とコータは思いました。

 しばらく行くと、泉がありました。
 コータはポニーから降りて、泉のほとりに連れて行き、水を飲ませようとしましたが、ポニーは飲みませんでした。馬が食べそうな草がはえている所にも連れて行きましたが、ポニーは食べませんでした。
(馬でも“幸せのリンゴ”を食べると、一日お腹がすかないし、のども渇かないんだ。でも、“生きている幸せ”って感じてるのかなぁ?)と、コータは思いました。

 その時、「ハオハオ」という声がしました。
 コータがそちらを見ると、一羽のフクロウが「ハオハオ」と鳴きながら、あたりを飛び回っていました。
 コータには、そのフクロウがとても楽しそうに「好!好!」と鳴いているように思えました。
(そうか。急いでいて幸せを感じるのを忘れてた)
「あー、まだまだ未熟だなぁ」と言って、コータは頭をかいて笑いました。

「よし、行くよ」と声をかけると、コータはポニーにまたがって、また草原の中を走りだしました。
(好好、気もちいいなぁ)と、コータは風を切って走る喜びを感じました。
 それから、草原の緑が美しいこと、花が咲いていること、鳥が鳴いていること、陽ざしが暖かいこと、風が心地よいことなどを、「好!好!」と素直に感じているうちに、コータはとても幸せな気分になれました。
 そして、(好!好! 幸せだなぁ)と思いました。

 草原が終わり、山道に入りましたが、ポニーは疲れを知らないかのように、走り続けました。
 あっというまに、一つめの山の頂上に着きました。
 太陽は南の三子山の真上を少し西に過ぎていました。

 コータはポニーを近くの木につなぎました。くらにつけたリュックサックからチーズのかたまりと水筒を取り出し、頂上の南側に回ると、草の上に腰を下ろしました。
 明るい緑の草原の先に、深い緑の“ハオハオの森”が広がり、その奥のほうに大きな木が見えました。
(ボクはあそこへ行って、今帰ってきたんだ。好好、よかった)
(白いフクロウに“幸せを感じる魔法”の呪文を教えてもらったんだ。好!好!)
(“プーハオ病を治す魔法”の呪文だってわかったんだ。好!好!)
(もうすぐ家に帰って、おばあちゃんを助けることができるんだ。好!好!)
 コータは、強い満足感と充実感を感じました。
「好!好! 幸せだなぁ!」と言いました。

 コータは、水筒の水を飲みながらチーズを食べると、“ハオハオの森”に背を向けて、ポニーに乗って山を下り始めました。
 ポニーはずっと元気で、あっという間に一つめの山を下り終えました。
 太陽はだいぶ西に傾きましたが、まだ高い位置にあったので、コータはそのまま一気に二つめの山を登り始めました。

 西の空が少しずつ茜色に染まってきました。
 コータは夕陽に照らされた景色を楽しみながら、ポニーを走らせ続けました。
 二つめの山の頂上につくと、正面に三子山と、そのふもとの村が見えました。
(とうとう帰ってきたんだ。好!好!)
「もうすぐ帰るからね。待っててね、おばあちゃん」とコータはつぶやきました。
 ちょうどその時、西の山々の間に太陽が沈み始めました。
 コータは、ポニーに乗ったまま、太陽が沈んでいき、空の色が刻々と移りゆくのを見ていました。

 ポニーから降りて近くの木につなぐと、コータは草の上に毛布をしいて座りました。チーズをナイフでけずりながら食べていると、だんだん暗くなってきました。
 コータはベルトをはずして、ナイフで十九個めの×印をつけ、毛布にくるまって草の上に寝転がりました。
 でも、なかなか寝つけませんでした。
 目をあけると、満天の夜空に、星がたくさん輝いていました。
「好!好! きれいだなぁ。好!好! 幸せだなぁ、生きててよかった」
(あっ、“生きている幸せ”って本当に感じられることがあるんだ)と、コータは思いました。

 コータは、朝まだ暗いうちに目が覚めてしまいました。空が少し明るくなると起きだして、すぐにポニーにまたがって山を下りだしました。
 やがて東の遠い山から太陽がゆっくりと顔を出してきました。
 コータはやわらかい朝の陽射しを浴びて、ますます心の中がワクワクしてきました。

 ところが突然ポニーは、歩くのが遅くなり、頭を少し下げて元気がなくなりました。
「わかったよ。お腹がすいたんだね」
 実は、コータは昨夜、眠る前に一つだけ心配していたことがありました。
(ポニーに食べさせてあげられるのは、あと青いリンゴ一つしかなくなっちゃった)
(ポニーが不幸のリンゴを食べるとどうなっちゃうんだろう?)
(元気がなくなって走れなくなっちゃうんじゃないか? もしかしたら暴れだすかもしれない)
 でも、コータは考え直すことができました。
(それでも、ハオハオ。ポニーがダメなら、ボクが走って帰れば間に合うかもしれない。最後まで希望をもって頑張ればいいんだ)

 コータはポニーから降りて、リュックサックの中から“生きている不幸”のリンゴを取り出しました。そして、ポニーの頭をなでながら、青いリンゴを食べさせました。
 少し離れて様子を見ていると、ポニーは首をしゃんと立てて元気になったように見えました。
(好好、よかった。大丈夫みたいだ)
 コータは、リュックサックからチーズと水筒を取り出すと、草の上に座りました。チーズはまだ両手で持つぐらい残っていました。コータはナイフでチーズを切り取りながら、口いっぱいに頬張って食べました。
(好好、おいしい。やっぱりちょっとずつ食べるよりおいしいや)
 コータは水筒の水を飲みながら、チーズをぜんぶ食べてしまいました。
(あー、お腹いっぱい! 好!好! 幸せだなぁ)とコータは思いました。

 コータは再びポニーにまたがると、山を下りだしました。
 ポニーは、とても元気になりました。
(馬は不幸になんてならないのかなぁ)とコータは思いました。
 あっという間に山を下り終えました。
 太陽はまだそれほど高くはなく、朝の気配が残っている感じでした。
「よし、家に帰ろう!」と言うと、コータはポニーを走らせました。
 ポニーは疲れを知らないかように、パカパカパカパカと走り続けました。

 だんだん見慣れた風景になってきました。でも、山や森や木や花や川などの見えるものが、みんな“好好”と感じられました。
(好好、ここがボクが生まれて育ったところなんだ。やっぱりいいなぁ)と思いました。
 コータの家が遠くから見えるようになった時、うれしくて涙が浮かんできました。
 一人の子供がポニーに乗って走るコータの姿を見かけると、家の中に走り込んで行きました。
 そして、とうとうコータは、病気のおばあちゃんが待っている我が家の前に到着したのでした。


   

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