2.“ハオハオの森”を目指して
コータを乗せたポニーは、パカパカパカパカと小刻みに脚を動かして、軽快に走って行きました。
コータは、ずっと村の人たちが自分の背中を見ているような気がしましたが、止まることも振り返ることもしませんでした。
あっというまに、一つめの山のふもとに着きました。まだ太陽は真上にありました。
山を登る道はすぐに見つかりました。その道に入ってすぐに、コータは昼食をとることにしました。ポニーを木につないで、ニンジンを三本食べさせました。コータも木の下に座って、水筒の水を飲みながら、パンとチーズをナイフでけずり取りながら食べました。
食べ終わると、すぐにまたポニーに乗って、山を登り始めました。
ところが、まだ半分も登っていないのに、突然、ポニーが止まってしまいました。いくらたたいてもけっても歩きません。しかたがなく、コータはポニーからおりて、手綱を引っぱって歩きだしました。
ポニーは時々、止まりそうになりながらも、なんとかついてきました。
やっと山の頂上につきました。
コータが振り返ると、大きな三子山のふもとに、小さな家が並んでいる村が見えました。
なぜだか、涙がにじんできて、村がよく見えなくなってしまいました。
一つめの山の頂上で、コータはポニーに乗ってみましたが、やはり歩いてくれませんでした。しかたなく、またポニーを引っぱって山を下り始めました。
歩きながら、コータは心の中でずっと、(なんで乗ると歩かないんだ)(この役立たず)などと、ポニーへの不満を言ってばかりいました。
(なんでもっといい馬を貸してくれなかったんだ)(こんな老いぼれを貸しやがって)などと、ポニーを貸してくれた近所のおじさんへの不平も言っていました。
それでも、なんとか山を下り終わりました。
すると突然、ポニーが走り出しました。コータが追いかけて行くと、ポニーは小川の中に入って、ガブガブと飲み始めました。
「そうか、のどがかわいていたのか」と言い、コータはポニーが川の水を飲むのを見ていました。
そのうちにポニーは小川から出て、川岸にはえている草を食べ始めました。
コータはポニーの所に行き、近くの木にポニーをつなぎました。袋からニンジンを出して、ポニーの前に並べました。
コータは川原に座り、リュックサックからチーズとパンを出して食べ始めました。
そのうちに、あたりが少しずつ暗くなってきました。
コータは、河原に毛布をしいて、その上に座りました。ベルトをはずし二つめのキズが×印になるように、ナイフで一本キズを加えました。
毛布にくるまると、すぐに眠ってしまいました。
次の朝、コータは目を覚ますとすぐに、自分とポニーの朝食をすませて、二つめの山を登り始めました。
ポニーはコータを乗せて早足で歩いてくれました。
あっというまに、山の頂上に着いてしまいました。
そこでコータは、生まれてはじめて“ハオハオの森”を見ました。
山の下には草原が広がり、その先に深い緑の大きな森がありました。
そして、その森の奥に、まわりの木よりもひときわ高くて大きい木がそびえ立っているのが見えました。
(あそこに白いフクロウがいるんだ。あそこに行けば“幸せの魔法”を教えてもらえるんだ)と思うと、コータはワクワクしてきました。
コータはそのまま山を下り始めました。途中、何度も何度も“ハオハオの森”に目をやりました。
あっというまに、二つめの山を下り終えてしまいました。そこには、草原が広がっていました。
コータは、草原の中を、“ハオハオの森”の大きな木を目指して、ポニーを走らせました。
少し行くと、泉がありました。
コータはポニーから降りて、リュックサックをくらからはずすと、ポニーを放しました。ポニーは、泉の水を飲んだり、あたりの草を食べたりしていました。
コータは、“ハオハオの森”のほうを見ながら、パンとチーズを食べていました。
すると、「ハオハオ」という声がしました。
コータがそっちを見ると、一羽のフクロウが「ハオハオ」と鳴きながら、あたりを飛びはねていました。
(もう少しで“ハオハオの森”だ)とコータは思いました。
ポニーの所に行き、リュックサックをくらにしばりつけ、反対側の袋からニンジンを一本取り出してポニーに食べさせました。
そして、ポニーに飛び乗ると、“ハオハオの森”の大きな木を目指して、またポニーを走らせたのでした。
草原はコータが思っていたよりも広くて、なかなか“ハオハオの森”までたどりつきませんでした。
そのうちに、ポニーが走るのがだんだんおそくなってきて、とうとうゆっくりと歩き出してしまいました。
しかたなく、コータはポニーからおりて、引っぱって走ったり歩いたりしました。コータの心の中は、またポニーへの文句の言葉でいっぱいになりました。
それでも、やっと“ハオハオの森”の手前の川にたどりつきました。
でも、その川はコータが思っていたよりもずっと幅が広くて、深そうでした。
コータは休みながら、(どうしよう、どうしよう)と迷っていました。
コータはほとんど泳げないのです。それに実は、コータは水が怖くてしかたがないのです。顔を洗うのも本当はイヤなくらいでした。
コータは、草を食べているポニーを見ながら、思っていました。
(コイツで、この川を渡れるのだろうか)
(途中で川に流されておぼれてしまうのではないか)
(もっと立派な馬だったらなぁ)
(どうしよう、どうしよう)
その時、川の上流から小さな流し船がコータの目の前に流れてきました。それに見覚えがあったコータは、川の中にバシャバシャと入っていって、その流し船を拾って岸に戻ってきました。
その流し船は、今年のお祭りの日に、コータがおばあちゃんと、家のそばの川に流したうちの一つでした。
流し船の中には、「コータが幸せになれますように」と、おばあちゃんの字で書かれた札が乗っていました。
コータは、川を渡る決心をしました。
ポニーのくらからリュックサックと毛布をはずして、リュックサックのふたの所に毛布をしばりつけてから背負いました。そして、ポニーにニンジンを食べさせてから、またがりました。
「よし、行くぞ」と言うと、ポニーはゆっくりと川に向かって歩きだしました。
川は、真ん中に行くと、だんだん深くなっていきます。コータの脚もひざの上まで水につかりました。
水面が目の前にせまってきて、コータは怖くてふるえていました。
ポニーが歩いているのか、泳いでいるのか、コータにはわかりませんでした。
ただポニーの首にしがみついて、「がんばれ」「お願い」「助けて」などと、ふるえる声で言っていました。
ポニーの身体が大きくゆれて、コータのお尻まで水につかってしまうこともありました。
それが五分なのか十分なのか二十分なのか、コータにはわかりませんでしたが、突然目の前の水面が下がって、ポニーが歩いている感じが伝わってきました。
コータが頭を上げると、川岸が近くにありました。
「やったー、やったー。渡れたんだ」と、コータは興奮しました。
ポニーは、川岸に上がって少し歩いてから、立ち止まり、ゆっくりと座り込んでしまいました。力つきてしまったのです。
コータは、背中からおりると、ポニーの首に抱きつきました。
「ありがとう。お前のおかげだ。ありがとう」と言うと、涙があふれてきました。
それから少しの間、コータはポニーの様子を見ていましたが、ポニーは元気になりません。ニンジンを食べさせようとしても食べません。引っ張って起こそうとしても、コータの力ではポニーはぜんぜん動きませんでした。
コータは、どうしたらいいのか、わからなくなってしまい、少しの間、ボーっとしていました。
その時ふと思い出したのは、コータが流し船に入れた札に書いた自分の願いでした。それは、「幸せになれますように」でした。
コータは、ポニーを置いて、ひとりで歩いて“ハオハオの森”の中に行くことを決めました。
ポニーのくらから袋を外し、ニンジンをすべて出して、ポニーの前に並べました。
それからリュッサックを背負いましたが、すぐにまたおろしました。重くて、長く歩くのはたいへんだと思ったからです。リュックサックの中から、まだぜんぜん食べていないチーズのかたまりを取り出して、ニンジンが入っていた袋に入れて、近くの木の枝につるしました。
もう一度リュックサックを背負うと、コータはポニーの頭をなでて、
「ありがとう。早く元気になってね。じゃあ、行くよ」と言って、“ハオハオの森”の中に入って行きました。
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ハオハオの森
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