3.幸せリンゴ配給所

 コータは、“ハオハオの森”の中を白いフクロウが棲む大きな木を目指して歩いて行きました。
 でも、1時間もすると、歩くのがつらくなってきました。リュックサックは重くて、肩ひもがくい込んで、肩が痛くなりました。脚も疲れてきて、スネの所が痛くなってきました。
(きついなぁ、きついなぁ)と思いながら歩いていました。
 その時に気づきました。
(ポニーもきつかったんだなぁ)
(荷物と自分を乗っけて、重かったんだろうなぁ)
(朝からずっと山を登ったり走ったりして、疲れたんだろうなぁ)
(あの川を必死で泳いで渡ってくれたんだものなぁ。きつかったんだろうなぁ)

 コータは、リュックサックをおろして草の上に座り、水筒の水を飲みました。
(あと何日、歩き続けないといけないんだろう。まだ“ハオハオの森”に入ったばかりなのに)
 先に進もうかと思うのですが、なかなか立ち上がれませんでした。
 そのうちに森の中がだんだん暗くなってきてしまいました。
 しかたがなく、きょうはこのままここで眠ることにしました。
 リュックサックからチーズとパンを出して一人で食べていると、急に寂しくなって、涙があふれてきました。
 コータは思いました。
(さっきまでは、あのポニーがいてくれたから、寂しくなかったんだ)
(いつもは、おばあちゃんがそばにいてくれたから、寂しくなかったんだ)
 おばあちゃんのことを思い出したら、ちょっとだけ元気が出て、やっと涙がとまりました。

 コータは自分のベルトに3つめの×印のキズを入れてから、毛布にくるまって眠りました。
 森の中では、時々、「ハオハオ」というフクロウの鳴き声がしていましたが、疲れていたコータはぐっすりと眠っていて気づきませんでした。

 コータが目を覚ますと、あたりはもうすっかり明るくなっていました。
 コータは、あわてて荷造りをして、リュックサックを背負いました。
 見ると、目の前に、きのうは気づかなかった細い道がありました。
 森の中は、きのうはうす暗い感じだったのに、きょうはとても明るく感じられました。
 細い道を少し歩くと、太い道に出ました。
 太い道の右手の少し先には、大きな建物が見え、その後ろのずっと先には白いフクロウが棲む大きな木も見えていました。
 コータは、そちらの方向に歩いて行きました。

 道の向こう側から、若い女の人が歩いてきました。でも、下を向いてがっかりした様子で、そのままコータの横を通り過ぎて行きました。
 もう少し歩くと、コータのちょっと前の道に、横の細い道から若い男の人が出てきて、コータの前を歩きだしました。
 建物が近くなってきた時、中から一人のおじさんが出てきました。そのおじさんは、建物の中に向かって「ふざけるな」とどなってから、怒った様子で大股に歩いて、コータの横を通り過ぎて行きました。
 コータの前を歩いていた若い男の人が、建物の中へ入って行きました。

 コータが大きな建物の前に立つと、柱に“幸せリンゴ配給所”と書いてありました。
 コータがその建物の中に入ると、右側に受付があって、キジバトが二羽座っていました。
「はじめてですか?」と、一羽のキジバトがコータに聞きました。
「はい」
「では、ご説明させていただきます。この幸せリンゴ配給所では、あなたの幸せの数だけ、赤いリンゴを配給いたします。この森の中では、リンゴを一つ食べると、丸一日、おなかも減らないし、のどもかわきません。また、魔法の呪文を教えてもらうためには、白いフクロウに赤いリンゴを一つ届けなければなりません。ここまでは、よろしいですね」
「はい」とコータは答えました。
 すると、もう一羽のキジバトが、
「では、この紙に自分の幸せを書いてください」と言い、一枚の紙をくわえて差し出しました。
 コータが紙を受けとると、そのキジバトが言いました。
「あなたの後ろに、机が並んでいますから、お好みの所に座って、お書きください」
 コータが振り返ると、机とイスが八組あって、その一つにさっき前を歩いていた若い男の人が座っていました。
「書き終わったら、その紙を持って、奥の部屋に行ってください。そこには、赤いフクロウがいて、あなたの幸せを確認してから、その数だけ赤いリンゴをお渡ししますから」と紙をくれたキジバトが言うと、最初に説明をしたキジバトが続けて言いました。
「ただし、自分の幸せは、あなたが幸せを感じたことがあるものでなければなりません。ウソを書いても、赤いフクロウにはわかってしまいますから、ご注意ください。説明は以上です」
「では、あちらの机のほうへどうぞ」と、もう一羽のキジバトが言いました。

 コータは、振り向いてちょっと考えてから、手前のいちばん右側の机の所に歩いて行きました。紙を机の上に置き、リュックサックを横に置くと、イスに座りました。机の上には、鳥の羽でできたペンとインクビンが置いてありました。
 コータの左ななめ前の机の所には、前を歩いていた若い男の人が座っていて、一生懸命に考えながら、時々紙にペンで何かを書いている様子でした。

(自分の幸せって、なんだろう?)
 コータは考え始めました。
 でも、なかなか“自分の幸せ”が思い浮かびませんでした。
(自分の幸せ? 自分の幸せ? ・・・)
(自分が幸せを感じたものじゃないとダメだって言ってたな。自分が幸せを感じたのは? ・・・)
(あれ? “幸せを感じる”って、どういうことだろう?)
 そこまで考えて、コータは気づきました。
(ボクは、幸せを感じたことがない。だって“幸せを感じる”って、どういうことだかわからないんだから)
 コータは、それ以上考えることができなくなってしまいました。

 ななめ前に座っている男の人を見ていると、少し上を向いてしばらく考えたあと、紙に何かを書いていました。
 コータは、ふと心配になりました。
(“自分の幸せ”がない人は、赤いリンゴをもらえない。それでは、白いフクロウに魔法を教えてもらうことができないんじゃないか)
 でも、これ以上考えてもしかたがありません。
 コータはイスから立ち上がると、リュックサックと何も書いていない紙を持って、部屋の右端を前へ進み、左に曲がって若い男の人の前を通って、その先にある部屋の出口に向かいました。
 男の人が顔を上げて、コータをちらっと見たような気がしました。

 コータはそのままその部屋を出ました。そこにはろうかがあって、見ると左ななめ前に部屋の入口が一つありました。
 コータはその入口に向かって歩いて行き、そのまま部屋の中に入りました。
 そこは、コータが小学校の時に見学に行った裁判所の中に似ていました。
 部屋の前方の少し高い所に大きな机があり、そこには赤茶色をしたフクロウがいました。その前の床にある小さな机の所には、中年の女性がイスに座っていました。その後ろの一段高い所に観客席のようにイスが十個ぐらい並んでいて、いちばん右側のイスに若い女性が一人座っていました。そのそばに“右から順番に座ってお待ちください”と書かれた看板が立っていました。

 コータは左側に回って、右から三番目のイスに静かに腰を下ろしました。
 ちょうどその時、下にいた中年女性が席を立ち、右側に歩いて行き、部屋から出て行きました。
 すると赤いフクロウが、「次の方、どうぞ」と少し大きい声で言いました。
 コータのとなりのとなりに座っていた若い女性が、小さい声で「はい」と言い、立ち上がって、すぐ右にある三段の階段を下りて、部屋の真ん中にある机の所に歩いて行きました。
「はい。では、そちらに座って」と赤いフクロウが言うと、
「はい。よろしくお願いします」と言って、若い女性はイスに座りました。

 赤いフクロウが落ちついた声で言いました。
「では、お聞きしますね。最初のあなたの幸せはなんですか?」
 若い女の人は、机の上に置いた紙をチラッと見てから、
「はい。夫と結婚できた幸せです」と答えました。
「ハオハオ、それは幸せですね。けっこうです。では、次のあなたの幸せはなんですか?」
「子供がいる幸せです」と、女の人はすぐに答えました。
「ハオハオ、それは幸せですね。けっこうです。では、次のあなたの幸せはなんですか?」
 女の人は、机の上の紙を見て、
「いい友達がいる幸せです」と答えました。
「ハオハオ。それも幸せですね。でも、それを幸せに感じたことが今までにありましたか?」
 女の人は、小さい声で「はい」と答えました。
「それはいつどのような時にでしたか?」
 女の人はちょっと考えてから言いました。
「すみません。幸せを感じたことは今までになかったと思います」
「ハオハオ、いいんですよ。では、次のあなたの幸せはなんですか?」
 女の人は、また紙を見てから、
「健康なことが幸せです」と答えました。
「ハオハオ、それも幸せなことです。でも、それを幸せに感じたことが今までにありましたか?」
「すみません。やっぱり幸せを感じたことはありませんでした」
「ハオハオ、いいんですよ。では、次のあなたの幸せはなんですか?」
 女の人は、紙を見て少し考えていましたが、
「もうありません」と言いました。

 赤いフクロウが女の人に言いました。
「ハオハオ、まだいくつか紙に書いてあるようですが、幸せを感じたことがないのでしょう。それらはみんな、あなたの幸せになるものですよ。これから幸せを感じられるようになれるといいですね。では、出口のほうに行ってください。幸せのリンゴをお渡ししますから」
「ありがとうございました」と言って、女の人は席を立って右側の出口から出て行きました。

「次の方、どうぞ」と、赤いフクロウがコータのほうに向かって言いました。
「はい」と言って、コータは立ち上がり、階段を下りて部屋の真ん中にある机の所に歩いて行きました。
「はい。では、そちらに座って」
「よろしくお願いします」と言って、コータはイスに座りました。

 コータは、緊張と不安で、身体が少しふるえていました。
 赤いフクロウが落ちついた声で言いました。
「では、お聞きしますね。最初のあなたの幸せはなんですか?」
 コータは、机の上に置いた白い紙をちょっと見てから、
「ありません」と小さい声で言いました。
「ハオハオ、そうですか。あなたはとても正直なんですね。でも、あなたの幸せとなるものはたくさんあるんですよ。これから幸せを感じられるようになって、幸せになれるといいですね。では、出口のほうに行ってください。幸せのリンゴをお渡ししますから」
「赤いリンゴはもらえるんですか?」
「ハオハオ、大丈夫ですよ。心配いりませんから、出口のほうに行ってください。幸せの赤いリンゴをお渡ししますから」

 コータは、赤いフクロウが言ったことでよくわからない所がありましたが、「ありがとうございました」と言って、リュックサックを持って席を立つと、部屋の右側の出口に向かって歩いて行きました。

 コータが、赤いフクロウのいる部屋を出ると、そこにはろうかがありました。
 見ると、右のほうに入り口があったので、そのまま歩いて中に入ると、目の前に一羽のフクロウが立っていて、コータはちょっとびっくりしました。
 そのちょっと太った感じのフクロウが、「こちらへどうぞ」と言って、ピョンピョンはねて行ったので、コータは後ろをついて行きました。
 するとそこには、四つのテーブルがちょっと離れて置いてあって、左奥のテーブルにコータの前に出て行った若い女の人と別のフクロウが向かい合って座っていました。

 コータの前をはねて行ったフクロウが右手前のテーブルの奥のイスの上に乗り、
「こちらに座ってください」と言いました。
 コータは手に持っていたリュックサックを横に置いて、フクロウの前に座りました。
 するとそのフクロウが言いました。
「私は、あなたのガイドをすることになりました、“ホープ”と言います。この森の中で何かわからないことがありましたら、聞いていただければお答えいたします。今、何か聞きたいことはありますか?」
「ボクは赤いリンゴをもらえるのですか?」
 コータは心配していたことを聞きました。
「ハオハオ、大丈夫。ほら、もう届きましたよ」
 コータの後ろから一羽のギシバトがトコトコと歩いて来て、コータたちのテーブルの横に立ち、
「これがあなたに配給される“生きている幸せ”のリンゴです」と言って、テーブルの上に一つの赤いリンゴを置きました。
「ありがとう」とホープが言うと、ギジバトはおじぎをして、トコトコと歩いて戻っていきました。

「このリンゴは誰にでもお渡しする“生きている幸せ”のリンゴです」
「でも、ボクは生きている幸せなんて感じたことがないんですが、いいんですか?」
「ハオハオ、いいんですよ。この幸せのリンゴだけは、幸せを感じたことがなくてもお渡しすることになっています」
 コータがそのリンゴをよく見ると、“生きている幸せ”と書いてありました。いえ、何かで書いてあるのではなくて、その字の所の皮だけが白くなっているのでした。
 コータがななめ前を見ると、若い女の人の前にあるテーブルの上には“結婚できた”という白い文字が見える大きな赤いリンゴがありました。

「他に何か聞きたいことはありますか?」
「“ハオハオ”って、どういう意味なんですか?」
「ハオハオ。いろんな意味がありますが、“いい”という意味だと思えばいいでしょう」
「“いい”?」
「ハオハオ。“いい”“悪い”の“いい”です」
「ふーん」
「他に聞きたいことはありますか?」
「今はもうありません」
「ハオハオ。あなたの幸せのリンゴはこれだけですから、もう待つ必要はありません。では、行きましょうか」
 ホープはイスから下りて右奥の出口のほうへピョンピョンとはねて行きました。コータも立ち上がってあとをついて行きました。

 すると、外の明るい光が射しこんでいるこの建物の出口があり、その上に『好好の森入口』と書いてありました。
「これ、なんて読むの?」
「ハオハオの森入口です」
「これでハオハオって読むんだ。じゃあ、“いい森”っていうこと?」
「ハオハオ、そうですね。“幸せの森”と呼ぶ人もいます」
「ふーん。幸せの森か」

「では、好好の森に入りましょう」とホープは言うと、ピョンピョンはねて、外に出て行きました。コータもあとについて、外に出ました。
 そこは、明るい光と緑につつまれた静かな森の中でした。



   

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ハオハオの森

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