6.不幸の森

 “ハオハオの森”に入るとすぐに、「では」と言って、ホープは木の上のほうに飛んで行ってしまいました。
 コータがあたりを見ると、近くに青いリンゴをたくさん積んだ荷車が置いてありました。
(もしかしたら、“不幸のモージャ”がいるのかもしれない)と、コータは思いました。
 その時、「すごい不幸の数でしょう?」と後ろから声がしたので、驚いてコータが振り返ると、すぐそばに中年の女の人が立っていました。
「そんなに驚かなくたっていいんだよ。ワタシは運が悪くてね。子供の頃に両親が死んでしまってね。それに身体が弱くて、病気ばかりしてね。その上、人にだまされたり裏切られたりばかりでね」と女の人は言いました。
 コータは、何も言えずに、ただつっ立っていました。
 そんなコータを見て、その女の人が言いました。
「この“不幸の森”には、はじめて来たのかい?」
「はい」と、コータは小さい声で答えました。

「そうかい。じゃあ、教えてあげよう。まずね、この森の中で赤いリンゴは食べちゃいけないよ。その幸せを失って不幸になっちゃうからね。それから、青いリンゴは、できるだけ小さいヤツを食べたほうが、つらくならなくていいんだよ。それから、青いリンゴは夜食べたほうがいいよ。朝食べると、昼間に不幸な気分になっちゃうからね。わかったかい?」と、女の人は一気に言いました。
「うん」
「でねー、あまった赤いリンゴがあったら、青いリンゴと交換してあげるよ。ね、いちばん小さい青いリンゴを選んであげるから、交換しようよ」
「すみません。ボク、赤いリンゴ、一つしか持ってないんです」
「そうかい。アンタもあまり幸せじゃないんだね。それじゃ、気をつけて行くんだよ」と言って、女の人は荷車のほうへ歩いて行ってしまいました。

 コータは、すぐにリュックサックを背負って、“ハオハオの森”の中の細い道を、白いフクロウが棲む大きな木を目指して歩いて行きました。
 この森の中には、葉が繁った木がたくさん立ち並んでいるために、白いフクロウが棲む大きな木が見えませんでした。その上、道が曲がりくねっていて、どっちへ向かって歩いているのかがわからなくなり、コータは不安になってしまいました。

 そのうちに陽が暮れてきたと思ったら、あっという間に暗くなってきました。
 コータは、道のそばにある木の下に毛布をしいて座りました。
 まだお腹はすいていませんでしたが、“不幸のモージャ”のおばさんの言うことを聞き、寝る前にリンゴを食べることにしました。

 リュックサックの中にあった七つのリンゴを毛布の上に並べてみました。
 いちばん小さいのは、“生きている幸せ”の赤いリンゴと“生きている不幸”の青いリンゴの二つで、その次に小さいのは“母親がいない不幸”の青いリンゴでした。“貧しい不幸”と“忙しい不幸”と“寂しい不幸”の三つの青いリンゴは同じぐらいの大きさでした。そして、“ひどい父親をもった不幸”の青いリンゴはとびぬけて大きいものでした。
 コータは、じっと七つのリンゴを見ていましたが、六つのリンゴをリュックサックの中に戻し、残った“貧しい不幸”のリンゴを手に取りました。
 コータは生まれてから一度も青いリンゴを食べたことがなかったので、ちょっとためらいましたが、思いきって一口かじりました。
(すっぱくて、おいしくない)と思いましたが、我慢してぜんぶ食べました。

 手元が見えにくいくらいに暗くなってきたので、コータはあわててベルトを外し、ナイフで六つめと七つめの×印のキズをつけました。
 そのまま毛布にくるまって寝転がると、上のほうから「ハオハオ」という声がしたので、見ると、まっ暗な中に一羽のフクロウが浮かんで見えました。
 そのフクロウが言いました。
「あなたの“貧しい不幸”についてお聞きしましょう。どう不幸なのですか?」
 コータは自分の“貧しい不幸”について話し出しました。

「あ、はい。ウチはおばあちゃんと二人だけで、貧しかったんです」「ハオハオ、そうですか」
「おばあちゃんが毎日少しのパンを作って、近所の人に買ってもらうだけなので、いつもお金がちょっとしかなかったんです」「ハオハオ、なるほど」
「だから、物をあまり買ってもらえなかったんです」「ハオハオ、そうですか」
「着る物はたいてい二つぐらいしかなくて、古いヤツやツギのあたったヤツばかり着てたんです」「ハオハオ」
「食べる物も、残り物のパンと野菜料理ばかりで、お肉は年に二、三回しか食べられなかったんです」「ハオハオ」
「おもちゃとかお菓子とか、買ってもらえなかったんです」「ハオハオ」
「だから、ボク、ずっと不幸だったんです」「ハオハオ、そうですか」

「それもみんなお父さんが悪いんです」「ハオハオ」
「お父さんは、ボクが五歳の時に、酔っぱらって川に落ちて死んでしまいました」「ハオハオ、そうですか」
「だから、よそのウチのように働いてお金をたくさん稼ぐ人がいなかったんです」「ハオハオ、なるほど」
「お父さんは、酒を飲んでばかりいて、酔っぱらって人に迷惑ばかりかけていたんです」「ハオハオ、そうですか。でも、その話はまたいつか聞くことにしましょう。では、おやすみなさい」
 そのフクロウは、いつのまにか消えていました。

 コータは、今まで誰にも言ったことがなかったことを、あのフクロウにしゃべったら、少し心がスッとしたような気がしました。
 コータは、そのまま眠ってしまいました。

 次の朝、コータは起きるとすぐに出発しました。
 三十分ぐらい歩くと、道が二つに分かれていました。どちらの道も太さは同じぐらいでした。コータはちょっと迷いましたが、右の道を進みました。
 三十分ぐらい歩くと、またさっきと同じように道が二つに分かれていました。コータは、今度は左の道を進みました。道はくねくねと曲がっていて、どっちへ向かって歩いているのかがわからなくなってしまいました。

 すると、前から若い男の人が歩いてきました。
 その男の人は、コータと出会うと、
「キミはこの森の入口から来たのかい?」と聞きました。
「はい」
「そうかー」
「この道は白いフクロウの大きな木に行けますか?」
「わからないんだ。おれも道がわからなくなって戻って来たんだ。そうかー。でもいいや、もう一度入口からやり直すよ。今度は道をちゃんと覚えるようにするよ。じゃあ、キミも迷わないように気をつけてな」と言うと、男の人は森の入口のほうに歩いて行きました。
(もう迷ってるみたいだけど、しかたない)と思い、コータは先に進みました。

 少し歩くと、また分かれ道がありました。コータはどっちへ行ったらいいのか、ぜんぜんわからずに、少しの間つっ立ったまま迷っていました。
 すると、右側の道から中年の男の人が歩いてきました。
 コータは、そのおじさんに聞きました。
「この道は白いフクロウの木に行けますか?」
「ああ、行けるよ。私は白いフクロウの所に行ってきたんだよ。魔法は教えてもらえなかったけど」。
「ありがとうございました」と言って、コータは右の道を急いで歩いて行きました。

 三十分ぐらい歩くとまた分かれ道がありました。
 コータは、また迷ってしまいました。両方の道の先のほうを見ても、誰も歩いてきそうもありませんでした。
 コータは困ってしまい、上のほうを向いて、「ホープくーん!」と呼びました。
「ハオハオ」という声がして、見ると、すぐそばの木のちょっと高い枝にホープがとまっていました。

「何か聞きたいことがありますか?」
「どっちの道に行ったらいいのか、わからないんだけど」
「ハオハオ、それは教えられません。自分で考えてください」
「えー、そんなこと言ったってわかんないよ。はじめての道なんだから」
「ハオハオ、そのとおりですね。で、キミはどうしたいんだっけ?」
「それは、・・・白いフクロウの所に行って、幸せの魔法を教えてもらいたいんです」
「ハオハオ。だったら、ここで立ち止まっていてもしかたがないんじゃないかな」
「そうだけど、この森の中で迷っちゃって出られなくなったらどうするの?」
「ハオハオ。“ギブアップ”すればいいんじゃないの」
「いじわるだなー」
「ハオハオ、そうですね。でも規則ですから、道を教えることできません」
「だって、この森の中は大きい木が多すぎて、白いフクロウが棲む大きな木が見えないんだもの・・・」
「ハオハオ、そうですか。私には、見えるのですが・・・。あっ、ではまた」

 ホープは、もっと上のほうへ飛んでいってしまいました。
 コータは、ホープがいた枝のところを見たまま、半分口をあけて立っていました。
(えっ? 見える? もしかして?)と思い、ホープがいた木に登り始めました。そして、ホープが止まっていた枝の上に立って、南のほうを見ると、
「見えた!白いフクロウが棲む大きな木が見えた」と言いました。
(あっちに行くのなら右の道のほうが良さそうだ)
 コータは、木から下りると、右の道を進みました。

 それからは、道がわからなくなると木に登って、目標とする白いフクロウの大きな木を確認するようにしました。
 そのうちに、陽があたっている枝に登れば、南にある白いフクロウの木が見えることが多いのがわかってきました。

 コータは、陽が暮れるまで“ハオハオの森”の中を、白いフクロウが棲む大きな木を目指して進んで行きました。
 寝る前に、“忙しい不幸”の青いリンゴを食べました。すっぱいけど、ちょっと甘い味もしました。
 ベルトにナイフで八つめの×印をつけると、毛布にくるまって横になりました。

 すると、上のほうから「ハオハオ」という声がしたので、見ると、まっ暗な中に一羽のフクロウが浮かんで見えました。
 そのフクロウが言いました。
「あなたの“忙しい不幸”についてお聞きしましょう。どう不幸なのですか?」
 コータは自分の“忙しい不幸”について話しだしました。

「はい。ウチはおばあちゃんと二人だけで、忙しかったんです」「ハオハオ、そうですか」
「おばあちゃんが夜中に起きて焼いたパンを、ボクが朝学校に行く前に、近所に届けなきゃいけなかったんです」「好好、それはえらいですね」
「学校が終わったら、すぐに帰っておばあちゃんの手伝いをしなくちゃいけなかったんです」「ハオハオ、たいへんだね」
「だから、みんなと遊べなかったんです」「ハオハオ」
「だから、友達がいなくて寂しかったんです」「ハオハオ」
「それもみんなお父さんが悪いんです」「ハオハオ。その話はまたいつか聞くことにしょう。では、おやすみなさい」
 そのフクロウは、いつのまにか消えてしまいました。

 “忙しい不幸”の話があっというまに終わってしまい、コータは拍子抜けしてしまいました。それに、あまり不幸な感じがしないで、なんか変な感じでした。
 でも、少し静かな気もちになり、コータはそのまま眠ってしまいました。

 次の朝、コータは起きるとすぐに出発しました。
 三十分ぐらい歩くと、一本の道と合流しました。
 さらに三十分ぐらい歩くと、また道が合流していました。
 それからも、道がどんどん合流していました。
(もしかしたら、どの道を選んでもよかったのかもしれない)と、コータは思いました。
 でも、コータには自分が近い道を選んできた自信がありました。なぜなら、ずっと白いフクロウが棲む大きな木に向かって、できるだけまっすぐに進んできたからです。

 そのうちに、道の途中で、白いフクロウが棲む大きな木が、時々見えるようになってきました。それも、少しずつ大きく見えるようになってきました。
(もう少しだ)と、コータは思いました。

 しばらく行くと、川がありました。向こう岸まで二十五メートルぐらいある川で、太い木を両岸に渡した丸木橋がありました。
 コータは、恐る恐る橋の上を一歩、二歩、三歩と足を進めましたが、下の川の流れを見ると怖くなって、戻ってきてしまいました。
 その時コータは、若い女の人がいるのに気づきました。その女の人は、道のわきの小高い場所に腰を下ろして、コータのほうを見ていましたが、コータと目が合うと横を向いてしまいました。
 コータは、その女の人のことが気になりましたが、それよりもどうしたら橋を渡れるかを考えることにしました。でも、川を見るとどうしても怖くなって、渡ることができませんでした。

 その時、森の中の道を誰かが歩いてきました。コータが見ると、あの“幸せのモージャ”のおじいさんでした。
 おじいさんは、コータの所に歩いてくると、
「渡らないのかい?」と言いました。
「はい。いえ、あのー・・・」と、コータは口ごもってしまいました。
「そうか、そうか。いいかい? この橋の丸太は十分に太いんじゃ。あとは余計なことを考えないで、いつもよりちょっと慎重に歩けばいいんじゃ。油断さえしなければ、大丈夫じゃよ。アンタは臆病じゃから、大丈夫、大丈夫」と言うと、そのまま丸木橋の上をゆっくりと歩いて渡っていってしまいました。

 コータは、おじいさんの言ったことを思い出しながら、少しの間考えていましたが、勇気をだして橋の上を一歩、二歩、三歩と足を進めました。でも、下の川の流れを見ると怖くなって、手をついてよつんばいになってしまいました。
「大丈夫、大丈夫。この丸太は太いんだ」と言うと、コータは目の前の木だけを見ながら、はいだしました。
「大丈夫、大丈夫。ゆっくり行けばいいんだ」
「大丈夫、大丈夫。このままはって行けば、いつかは向こう岸につくんだ」
「大丈夫、大丈夫。この丸太は太いんだ」
  ・
  ・
 コータは、ずっと「大丈夫、大丈夫」と言いながら、はい続けて、やっと橋を渡り終わりました。
 コータには、三十分にも一時間にも感じられましたが、実際には三分ぐらいでした。

 コータは丸木橋を渡り終えてからも、身体のふるえがとまりませんでした。歩きだすと、ひざがガクガクした感じでした。
 それでも、歩き続けるとすぐにふつうに戻り、気もちも落ちついてきました。

 コータはそのまま歩き続けました。太陽が西の空をだんだん下ってきました。
 道のそばにある木の下に誰かが座っていました。コータが見ると、あの“幸せのモージャ”のおじいさんでした。
 コータはおじいさんのそばまで行くと、
「さっきは、ありがとうございました」と言いました。
「うん。あの橋を渡れたんじゃな。よし、よし」とおじいさんは言いました。
 コータは、おじいさんのとなりに腰をおろしました。

「おじいさんは、青いリンゴは持ってないんでしょ?」
「あぁ、“生きている不幸”のリンゴだけじゃよ」
「それじゃあ」とコータは言うと、リュックサックの中から一つの青いリンゴを取り出し、
「これをどうぞ。さっきのお礼です」と言って差し出しました。
「ほう、そうか」と言いながら、おじいさんはリンゴを受け取りました。
 その青いリンゴには、“ひどい父親を持った不幸”と書かれていました。

 おじいさんは、一瞬考えてから、
「ありがとうなぁ。それにしても大きいリンゴじゃなぁ。ワシには大きすぎて食べきれんわ。半分ずつ食べんか?」と言いました。
「はい。それじゃあ、そうしましょう」とコータは言うと、腰につけたナイフを引き抜きました。
 おじいさんがコータの前にリンゴを置くと、コータはナイフで半分に切りました。
 おじいさんは、コータの手元をじっと見ていました。
「はい」と、コータは半分に切ったリンゴの片方をおじいさんに手渡しました。
 それを受け取ったおじいさんは、コータの顔を見て、
「ありがとうなぁ。アンタはやさしいいい子じゃなぁ」と言うと、青いリンゴをおいしそうに食べ始めました。
 コータも残りの半分を食べ始めました。

“幸せのモージャ”のおじいさんは、先にリンゴを食べ終わると、コータに聞きました。
「ところで、アンタの名前は?」
「コータです」
「ほう。コータか。いい名前じゃ」
「おじいさんは?」
「ワシか? うーん、もう忘れちゃったよ。みんなは“幸せのモージャ”って呼んでるんじゃろ」
「えっ。知ってるんですか?」
「まぁな」と言って、ニヤッと笑うと、おじいさんは立ち上がりました。
「さぁ、寝ようか」と言うと、すぐそばの木に登り始めました。

 コータがちょっと驚いて見ていると、おじいさんは太い枝に乗り、次の瞬間スッと姿が消えたと思ったら、ドサッという音が上のほうから聞こえてきました。
 コータがよく見ると、太い枝の下に毛布のようなものでできたハンモックがぶらさがっていました。
 おじいさんは顔だけを出して、「じゃあ、おやすみ」と言うと、すぐにまたハンモックの中に隠れてしまいました。

 コータは、びっくりしましたが、何か楽しい気もちになりました。
 コータは、その場に毛布をしいて座り、ベルトをはずしてナイフで九つめの×印をつけました。上のほうに向かって小さい声で「おやすみなさい」と言うと、毛布にくるまって横になりました。

「ハオハオ」という声がしたので、見ると、まっ暗な中に一羽のフクロウが浮かんで見えました。
 そのフクロウが言いました。
「あなたの“ひどい父親をもった不幸”についてお聞きしましょう。どう不幸なのですか?」
 コータは自分の“ひどい父親をもった不幸”について話しだしました。

「ボクが不幸なのは、ひどい父親をもったからなんです」「ハオハオ、そうですか」
「お父さんは、三子山(みつごやま)の木を切ったり、切った木で家を造ったりする仕事をしていたそうです」「ハオハオ、そうですか」
「でも、ボクが二歳の時にお母さんが病気で死んでしまってからは、お酒を飲んでばかりいて、働かなくなってしまったんです」「ハオハオ、なるほど」
「お酒を飲んで酔っぱらうと、時々、大きい声で叫んだり、暴れたりしたんです」「ハオハオ」
「おばあちゃんに暴力を振るったこともあって、ボクも突き飛ばされたことがあって、すごく怖かったんです」「ハオハオ、ひどいですね」
「でもボクが五歳の時に、酔っぱらって大声で叫びながら家を出ていって、川に落ちておぼれて死んでしまったんです」「ハオハオ、そうですか」
「だから、・・・」「ハオハオ、きょうはそこまでです。では、おやすみなさい」
 そのフクロウは、いつのまにか消えてしまいました。

 コータは、まだ言いたいことがいっぱいあったし、心の中の怒りがおさまりませんでした。それでも、いつのまにか眠ってしまいました。

 次の朝、コータが起きると、すぐそばの木の枝にハンモックはなく、“幸せのモージャ”のおじいさんはいなくなっていました。
 コータは、もう間近に見えるようになった白いフクロウが棲む大きな木に向かって歩きだしました。

 少し歩くと、道のわきに“幸せのモージャ”のおじいさんが座っていました。
 コータが近寄りながら見ると、おじいさんは赤いリンゴをかじっていました。
 おじいさんはコータに気づき、
「お、もう起きたのか。いやー、腹が減っちゃってなぁ。リンゴ半分じゃとやっぱり半日しかもたんようじゃ」と言い、笑いました。
「この森の中で幸せのリンゴを食べて大丈夫なの?」と言いながら、コータはおじいさんの隣に座りました。
「うん。幸せを失うのはつらいことじゃが、幸せは失うことがあるものなんじゃ。そのことをちゃんとわかっておれば、不幸は軽くてすむんじゃよ」

「ふーん。・・・そう言えば、ボクもお腹がすいてきちゃった」とコータは言うと、リュックサックの中から青いリンゴを一つ取り出しました。そのリンゴには、“寂しい不幸”と書いてありました。
 それを見ておじいさんは、
「また半分くれんかな? やっぱり“不幸の森”の中では青いリンゴのほうがいいからな」と言いました。
 コータはナイフを取り出してリンゴを半分に切りながら、おじいさんに聞きました。
「おじいさんは寂しくないの?」
「あぁ、寂しくなんてないさ。一人も好きじゃからな」
「ふーん」

 コータは、「はい」と言って、半分に切った青いリンゴをおじいさんに手渡しました。
「ありがとうなぁ。これはまたあとで食べさしてもらうよ。じゃ、先に行くからな」と言うと、おじいさんは立ち上がって歩いて行ってしまいました。
 コータは、しかたなくひとりで残り半分の青いリンゴをかじりました。ちょっと寂しい気もちがしました。

 半分に切った“寂しい不幸”の青いリンゴを食べ終わると、コータはまた白いフクロウが棲む大きな木を目指して歩きだしました。
 道の先のほうには、“幸せのモージャ”のおじいさんの姿はもう見えませんでした。

 歩いていると、だんだん寂しい気もちが強くなってきて、コータは一人でしゃべり始めました。
「寂しい」
「ボクはずっと寂しかったんだ」
「ボクには、お母さんがいなくて寂しい」
「ボクには、きょうだいがいなくて寂しい」
「ホクには、仲がいい友達がいなくて寂しい」
 なぜか、あのフクロウが「ハオハオ」と言いながら、聞いているような気がしました。
「ボクはずっとおばあちゃんと二人だけだったから寂しかったんだ」
「そうだ、早く家に帰らないと、もうおばあちゃんに会えなくなっちゃう」
「おばあちゃんがいなくなったら、本当に一人きりになっちゃう」
 コータは、寂しいのと、不安なのとで、とても悲しい気もちになってしまいました。

 それでもいっしょうけんめいに歩き続けるうちに、寂しい気もちはだんだん小さくなってきました。
(おばあちゃんに会いたい。おばあちゃんの病気が治る魔法と幸せになれる魔法を白いフクロウに教えてもらって、早く家に帰ろう)と、コータは思いました。

 白いフクロウが棲む大きな木が目の前に見えてきました。コータが見上げると、木のてっぺんは見えなくて、まるで天にも届くような気がしました。
 大きな木の下には、その木を囲むように丸いドーナツのような形の建物がありました。
 コータがその建物の入口の前に立つと、柱に“幸せの魔法教授所”と書いてありました。



   

『幸せの魔法』目次

ハオハオの森

幸せのホームページ