9.“幸せの魔法”の復習

 コータが“幸せリンゴ配給所”の中に入ると、目の前にホープが立っていました。
「あ、ホープくん!」
「ハオハオ。どうでしたか、帰りの“ハオハオの森”の中は?」
「うん、行きよりもラクだったよ」
「ハオハオ、そうですか。では、こちらへ」と言うと、ホープはピョンピョンとはねて行きました。その先には、ろうかがあって、部屋の入口が並んでいました。
 ホープが四つめ部屋へ入ったので、コータも続いて入りました。その部屋の真ん中にはテーブルをはさんで二つのイスがあり、左側の壁の前にはベッドが、右側の壁の前には机とイスがありました。部屋の奥には出口がありましたが、あとは壁で窓はありませんでした。
 ホープはテーブルの奥のイスの上に乗ると、「こちらにどうぞ」と言いました。
 コータは、ホープの向かい側のイスに座りました。

「ハオハオ、ではお聞きします。あなたは帰りの森の中で“幸せの魔法”を試してみましたか?」
「えっ、まぁ、少しは」
「ハオハオ。では、違いを感じましたか?」
「よくわかりません」
「ハオハオ。どうしてですか?」
「うーん・・・“いいことは好!好! 悪いことはハオハオ”の何が魔法なんですか?」
「ハオハオ。以前にも言いましたが、“幸せの魔法”には“現実を変える魔法”と“心を変える魔法”があります。あなたが望んだのは“心を変える魔法”です。呪文を使うことで、自分の心が少しでも幸せに変われば、それは魔法が効いたということです」
「でも、そんなので本当に幸せになれるの?」
「ハオハオ。すぐに、すごく幸せになることはできないでしょう。それは、まだまだ未熟だからです。ですから、“上達を目指す”必要があるのです」
「ふーん・・・で、どうしたらいいの?」
「ハオハオ。これからはもっと一生懸命に魔法の修得に努力することです。その前に、“ハオハオの森”での経験を復習してみてはどうでしょうか」
「復習って、どうやって?」
「ハオハオ。森の中であったことや思ったことを想い出しながら、魔法の呪文を試して、違いを感じるのです」
「違いって?」
「ハオハオ。それは、呪文を使った時と使わなかった時の自分の心の違いです」
「ふーん」
「十分に復習ができたと思ったら呼んでください。では」と言うと、ホープはパッと消えてしまいました。

 コータは、帰り道の“ハオハオの森”での出来事を想い出しました。
(えーと、帰りの最初の夜は、“幸せのモージャ”のおじいさんのハンモックの中で寝たっけ。気もちよかったなぁ。あれは「いいことは好!好!」だったのかなぁ)
(あの夜は“貧しい不幸”のリンゴを食べたんだっけ。貧しいのはしかたがなかったんだ。あれは「悪いことはハオハオ」だったんだ。でも、そんなに不幸じゃなかったみたいだ)
(それからー、次の日は、丸木橋を渡ったんだっけ。やっぱり怖かったけど、「悪いことはハオハオ」だから、「怖くてもいい」って思ったんだっけ。怖かったけど、ちゃんと歩いて渡れたんだ。うれしかったなぁ。あれも「いいことは好!好!」だったんだ)
(帰りの分かれ道はぜんぜん平気だった。「あっちの道でもいいし、こっちの道でもいい」と思えたし、ボクには三子山という目標がいつも見えていたから)
(あの夜は“忙しい不幸”のリンゴを食べたっけ。忙しいのはしかたがなかったんだ。たぶん、遊んでいる友達がうらやましかっただけなんだ。「忙しいのもハオハオ、うらやましいのもハオハオ」だと思う。それに、家の手伝いはいいことだし、そんなにイヤじゃなかったし、うれしいこともあったんだ。「いいことは好!好!」だったんだ)

 コータは、そのあとも繰り返し帰り道でのことをもっと詳しく想い出して、“いいことは好!好! 悪いことはハオハオ”と考えるようにしました。
 コータには、自分がどうして不幸だったのか、どうして幸せを感じられなかったのかが、少しわかったような気がしました。

 コータは急にお腹がすいてきました。リュックサックの中から“寂しい不幸”のリンゴを取り出して食べました。
 ベルトを外してナイフで十三個めの×印をつけると、ベッドの上に横たわりました。
(あぁ、やっぱりベッドはいいなぁ。好好、気もちいいなぁ)と思いました。

「ちょっと聞いてください」
 宙に浮かんだコータの上半身が話し始めました。
「ボクはずっと寂しかったんです」「ハオハオ」
「ボクにはお母さんがいなかったんです」「ハオハオ」
「ボクにはきょうだいもいなかったんです」「ハオハオ」
「ボクには仲がいい友達もいなかったんです」「ハオハオ」
「父親はボクが五歳の時に死んでしまったんです。ひどいお父さんだったけど、やっぱりいないと寂しかったんです。お父さんにもっと遊んでもらいたかったんです」「ハオハオ」
「ボクはずっとおばあちゃんと二人だけだったから寂しかったんです」「ハオハオ」
「話を聞いてくれて、ありがとう」「どういたしまして」
 宙に浮かんだコータの上半身は消えてしまいました。

(やっぱりすごく寂しかったんだなぁ。でも、「悪いことはハオハオ」、しかたがなかったんだ)
(それに、ボクには大好きなおばあちゃんがいたし、近所の人たちもやさしくしてくれた。“いいことは好!好!”って思ったほうがよかったんだ)
(ところでボクのおじいちゃんは? そう言えばおじいちゃんの話は一度も聞いたことがなかった。・・・“幸せのモージャ”のようなおじいちゃんがいたらよかったのにな)とコータは思いました。

 次の朝、コータは目を覚ますとすぐに、
「ホープくん」と呼びました。
「ハオハオ」という声がして、ホープが目の前にパッと現れました。
「ボク、ちゃんと復習したよ」
「ハオハオ、そうですか。では、行きましょうか」
 ホープは、ピョンピョンはねて、部屋を出て行きました。コータもあとについて行きました。ろうかを通って、受付に行くと、机の上に赤いリンゴが一つ置いてありました。

「ハオハオ、これがあなたに配給される“幸せのリンゴ”です」
 コータが赤いリンゴを手に取ると、“生きている幸せ”と書いてありました。
「これって、食べてもいいんだよね?」
「ハオハオ、いいですよ。十分に幸せを味わえるようになれるといいですね」
「ふーん、どんな味がするのかなぁ」
 そう言いながら、コータはリンゴをリュックサックの中にしまいました。

「コータさんには、“ふーん”と言うクセがあるようですね。それが“ハオハオ”と言うクセに変われば、きっと幸せになれるのではないかと思いますよ」
「ふーん、そうか。じゃなかった、ハオハオだ。ハオハオ、わかりました。ありがとう、ホープくん」
「ハオハオ、その調子です。では、行きましょうか」
 ホープに続いてコータは、“好好の森入口”と書かれた出口から外に出ました。
 そこは、明るくて美しい緑の森でした。

 その時、さわやかな風が吹いてきました。
「好好、気もちがいいなぁ」
 コータはゆっくりと深呼吸をしました。
「好好、いいですね。では、また」
 ホープは青い空に向かって飛んで行き、緑の中に消えていきました。



   

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ハオハオの森

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